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「産業突然死」の時代の人生論

米政府がリーマンを見捨てAIGを救済した理由

 ところで米国では、今年になってから金融機関が立て続けに破綻の危機を迎えた。そしてその都度、政府が動いたり、政府の斡旋でほかの会社が政府保証資金を使って買収したりして、何らかの形で生き長らえたところがほとんどである。本格的に破綻したのはいまのところリーマン・ブラザーズとワシントン・ミューチュアルだけである。それはなぜか。なぜベアー・スターンズをJPモルガンに吸収させた米国政府がリーマン・ブラザーズには手を貸さなかったのか。

 銀行は普通預金を預かるが、それを運用して稼ぐ。多くの場合95%以上の資金は貸し出されている。だから問題が起きて取り付け騒動、ということになれば預金者に即座に返す金がない。信用創造をしている銀行を簡単には潰せないのはそのためである。今回も米国政府はワコビアをなんとかシティーバンクに2000億円程度で吸収させようとしたが、比較的健全といわれた大手銀ウェルズ・ファーゴが西海岸から名乗り出て1兆円以上で吸収合併してしまった。米国政府にとっては誰であっても救ってくれればいい、ということで(想定外ではあるが)今のところ文句は付けていないようだ。

 一方、証券会社は、投資家からお金を預かって、その人の指示で金融商品を売買するトレーディングが主体である。リスクは当然、投資家が負う。つまり証券会社とはブローカレッジ(仲介業者)のような仕事である。したがって銀行と違って市場で大きな信用創造をしていないので破綻させてもパニックにはならない、というのが従来の考え方である。

 ただしリーマン・ブラザーズの場合は、一般にいう投資銀行の枠には収まらない事業もあった。例えば自社でいろいろな金融商品を発行していたのは、「仲介業者」の範ちゅうを超える事業だったといえる。そのために破綻の影響は、投資銀行にしては非常に大きかった。日本勢も相当多額のリーマン債を買い込んでいたのでダメージは大きかった。とはいえ、突き詰めれば投資銀行はあくまでも投資銀行。破綻しても大勢に影響はなかった。

 では、AIGを政府が援助したのはなぜか。AIGは生命保険会社だ。経済における生命保険会社や銀行は、人間の体で言えば心臓そのものである。血液の循環という極めて重要な役割を持っている。特にAIGの場合は、世界最大の保険会社であり、世界中の金融機関の保険機構を担っていた(これについては後述する)。だからAIGが破綻したら世界の金融機関の保険機構までもが道連れだ。それが現実になったら、世界中にパニックが走る。これはさすがに米国政府も「倒すに倒せない」と判断したわけだ。

 さらにAIGには風評被害もあった。米国のテレビ局CNNのアナウンサーが「AIGは、『あと何日保つか』ではなく、『何時間保つか』ということを申し上げているのです」とカウントダウンを始めてしまったのだ。まさに風説の流布である。

 しかしこの風説は、舞台がCNNだっただけにインパクトも大きかった。ポールソン財務長官も、それまでは「リーマン・ブラザーズはバンク・オブ・アメリカに売ればいいとして、メリルリンチをどうしよう」と頭を抱えていたはずだ。ところが影響力の大きいCNNのアナウンサーが「AIGはあと数時間の命」と言い出したがために、それどころではなくなった。

 AIGの破綻は、ファニーメイやフレディーマックと同じくらい大きなものだ。リーマン・ブラザーズやメリルリンチとは規模が違う。頼まれた業務を遂行するだけの投資銀行が倒れても、痛む人はいるだろうが限定的だ。そこが銀行や生命保険会社と、証券会社、投資銀行の大きな違いだったわけだ。

 むろん米国とて、すべての金融機関を救うだけの余裕があれば救ったのだろうが、もし全部を救っていたら米国債が暴落するのは明らかだ。「そんな安請け合いしていていいのか」と、ドルと米国債に対する信用が失墜する。米国にとっては、リーマン・ブラザーズの破綻よりも、世界中からドルと米国債の信用を問われるほうが恐ろしいのだ。

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