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「産業突然死」の時代の人生論

投資家保護のはずが企業防衛の指針に

 数年前のことだが、経産省が『買収防衛指針』というものをつくった。これはもともと敵対的買収に対する企業の過剰防衛を戒めるためのものだった。ところが逆に企業の買収防衛導入策を促進させることになった。本来、企業の過剰防衛を戒めるためのものだったのが、逆に敵対的買収に対する防衛策を強化することに働いてしまったのだ。

 こうなってしまった背景には指針書をつくった作成メンバーに秘密があった。経産省が呼んできた人は、経営者8人、法律家7人、機関投資家や金融関係者ゼロというメンバー構成だったのだ。

 実はこのモデルは英国にあった。同国ではイングランド銀行が主体となって、シティバンクの重鎮3人、産業界、労働組合、会計士各1人、機関投資家28人というメンバーを集めて、指針書を作成したのだ。メンバー構成から分かるように、機関投資家のためにつくった指針書である。だからこそ企業の過剰防衛を戒めるための指針書が出来たわけだ。

 ところが日本の場合、機関投資家はゼロである。買収されたくないと思っている企業の経営者や法律家でつくったものだから、もう大本営発表のようなものだ。企業にとってごく都合のいいものが出来上がったのである。当然、この指針書は、経営者にとっては買収防衛を正当化するための指南書になってしまった。スティール・パートナーズが日本の企業を買収しようとしたときなど、裁判所はこの指針書を基準にして、スティール・パートナーズを乱用的買収者だと決めつけた。

 ほかにもこの指針書では、非常に安易なことが書かれている。例えば防衛策を発動するとき、本来は株式総会での認証が必要とされるべきなのだが、指針書では、取締役会において経営陣だけの話し合いで決めることができる。さらに、「我が社を買収したいというのであれば経営企画書を持ってこい。我が社をどうやって経営するのか明らかにせよ」という項目まである。

 よく考えてほしい。経営計画をつくるのは経営者だ。買収を仕掛ける側は、その時点ではまだ経営者ではない。これは全世界共通の認識であろう。ところが日本では「買収したければ経営計画書を持ってこい」と買収を受ける側の経営者が言うのだ。真面目に考えれば考えるほど頭の中は「?」で一杯になる。

 米国の投資会社であるスティール・パートナーズがサッポロHDを買収しようとした時、サッポロHDはこの指針書にのっとって経営計画書の提出を要求した。スティール・パートナーズは(律義にも!)それに従ったが、サッポロHDは「このようなものは経営計画とは呼べない」と一蹴(いっしゅう)した。つまり、こういうことだ。スティール・パートナーズは、経営計画書を提出しなければ買収の窓口にすらたどりつけない。しかしその経営計画書の是非を判断するのは買収される側であるサッポロHDだ。同社の経営陣が「非」と判断すれば、やはり買収はできない。もう「むちゃくちゃ」である。市場の健全性を何だと思っているのだろうか。もはやマンガの世界だ。

 同じくスティール・パートナーズによるブルドックソース買収劇のときは、スティール・パートナーズは買収後の経営計画書を提出しなかった。ために、裁判では「乱用的買収者」と決めつけられてしまった。歴史的に見れば、こちらのケースがより重要である。

 このときブルドックソースはポイズンピルを発動した。ポイズンピルとは新株予約券を発行し、買収する側の持ち株比率を相対的に下げる買収防止策のことだ。ブルドックソースはスティール・パートナーズ以外の人に20倍の株を与えて、スティール・パートナーズにはそれに見合うものを現金で払うというやり方で買収防止に一応成功した。

 スティール・パートナーズの株式のシェアは著しく下がることになった。そしてこのことは、日本のアンフェアさを世界に印象づけるに十分だった。

 果たしてこのケース以降、日本には外資系ファンドが入ってこなくなった。同じような例がいくつか出てきて、日本市場から外国人が次第に消えていったのである。Jパワーの株式買い増しを打診したTCIも同じく経営計画を持ってこいと言われている。当然、持っていっても、経営側は「だからアブナイ」と難癖を付けるか、「こんな計画は荒唐無稽だ」と言うことは見え見えである。

 このように、35年も経営のアドバイスを生業としているわたしでさえも絶句するような指南書や法律が、次々に産み落とされているのである。

この項続く

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