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「産業突然死」の時代の人生論

製造業にこだわらない中国人

 さきほどマイナス材料の一つとして、人民元が強くなったことを挙げた。念のためここで人民元と円の対ドルレートも見ておこう。最近は円も強くなってきている点では、人民元と同じだ。しかし円高はごく最近の傾向に過ぎないのに対し、人民元はこの4~5年というスパンでずっと強くなっており、元高は構造的なものだと見なくてはならない。つまりそれだけの期間にわたり輸出競争力がそがれていることになる。これに中国は耐えられるのだろうか。

 日本は1ドル360円だったものが79円になっても(1995年)、まだがんばって、生産性改善、創意工夫、コストダウンと努力を積み重ねてきた。また海外への直接投資によって、為替にあまり影響を受けない体質に変化してきた。だからこそ日本は現在の経済発展がある。では中国はどうだろうか。今後も人民元がどんどん高くなったときに、中国の経営者は同じように努力を積み重ねていくだろうか。

 わたしはそうは考えていない。中国は「苦しくなったらほかのことをする」気風を持っているからだ。中国の経営者はわたしもずいぶん知っているが、ほかにもうかるものがあると知ったときの見切りは驚くほど早い。アパレルがもうかるとなればアパレル、テレビがもうかるとなればテレビ、という人が多い。

 また、まったく別の業種にくら替えする人も珍しくない。この間までコンピューターを作っていた経営者が、次にあったときには不動産会社の社長だったり、モールを展開したりするのが日常茶飯事である。「何が何でもこれがやりたい」という気概があってのことではないのだ。

 現在、中国内の産業は製造業が主力だが、もともと中国人は製造など好きな民族ではない。単に製造業に需要があり、良質廉価な労働力があって、もうかるからやっているというのが大半だろう。その点では、日本の東京都大田区、東大阪市、浜松、諏訪、などに根付く、日本の「ものづくり」を支えてきた中小企業の経営者の気概は中国にはあまり見られない。「末代までも金型作り」というような人は中国にはほとんどいないのだ。

 書道や音楽といった芸術的なことであれば、「この道一筋」「先祖代々」という人も数多くいるのだが、こと経済に限っては気概を持った人は極端に少なくなる。かつて魯迅も言ったが、同じ東洋人なのに、これほどまでに日本人と中国人は考えや気質が異なる。だから現在の経済が落ち込んできたら、まったく違うことをやり始めるかもしれない。

 そういう人民の気質を、中国政府も理解できていない。特に経済政策に頭をひねっている人は知らないだろう。経済人は、政府の人には本音を言わない。「本当は自分の財産を将来こうしようと思っているんですよ」などということは、黙っているのだ。中国でビジネスを展開しようという人は、そういう中国人の気質をよく把握することに努めるべきだ。

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