学者の唱えたフレームワークは今の世の中には全く役に立たない
ビジネススクールで教えているような「学者が昔の成功企業などを研究したフレームワーク」は、もはや今の時代には全く役に立たない。マイケル・ポーターのバリューチェーン(価値連鎖)、バーニーのリソース・ベースト・ビュー(=RBV:経営資源に基づく企業観)とか、“大前研一”が言っていた3つのC(顧客 Customer、競争相手Competitor、自社 Company)とか…。それらを議論のための“用語”や“文法”として知っていることは重要だが、最近成功した企業は、そうしたフレームワークを破壊して成功していることが多い。
「デル」のサービス概要
例えばデルの場合、マイケル・ポーター的なバリューチェーンのかけらもない。受注担当者がそのまま購買部門で部品を発注する。顧客に商品が届いた1週間後には、今度はサービスマンとして顧客に電話し、クロスセールスによってプリンターまで売ってしまう。要するに、ERP(Enterprise Resource Planning)上でCRM(Customer Relationship Management)とSCM(Supply Chain Management)がドッキングしたようなものだ。こういうビジネスモデルは、バリューチェーンというコンセプトとからは導き出せない。「お客さんのインタフェースを握った者が勝つ」という信念を出発点にして、システムのすべてを組み立てている。
また、シスコシステムズが立ち上げたウェブによる企業統合システム「シスコ・コネクション・オンライン」では、オーダーの8割がネット経由だ。さらに、サービスマンを派遣しないで、コンピューターが診断に入っていって、ソフトのバグなら8~9割はリモートで修復してしまう。
そういう視点からみると、Googleも同じで従来のビジネスモデルではとらえきれない。それが、9兆円もの時価総額を生み出している。これらの現象が分かるようになるには、フレームワークからスタートしていては絶対ダメだ。
ハーバードのビジネススクールといえども、今では20世紀的な教育に堕していると言わざるを得ない。ケーススタディーで採り上げた企業の半分以上は既になくなっているか、状況が一変している。「経営史」を専攻する研究者を養成するのなら、あるいは有効な教育かもしれないが…。評価の高いスタンフォード・ビジネススクールでも、フレームワークを教えすぎているきらいがある。私もそこで教鞭をとっていたのだが、生徒はあらゆる経営問題を、教科書に載っているフレームワークに一旦あてはめた上で、自分の意見を言う「お作法」「お手前」が確立してしまっていた。1年次の基礎教育課程ならそれもいいかもしれないが、社会に出る直前までそんなことをしていてどうなるのか。かえって頭脳が硬直してしまい、新しい事態を理解する妨げになる。直近の事例を用いたリアルタイム・ケーススタディーで、フレームワークはほどほどにして自分なりの答えを出すことのほうが、現代においては有効なはずだ。
ハーバードやスタンフォードが経営大学院として名声を保っている源泉は、その教授陣でもなければ、教授法でもない。入ってくる生徒の素材がよく、硬直した教授法に染まらずによい面だけを消化できる生徒がそれなりにいるからである。スタンフォードで国際経営の奥義を教えようとしたところ、ある生徒が「先生、それらの話に共通するフレームワークは何ですか?」と聞いた。フレームワークを覚えたら企業に入って楽に仕事をこなせると思い込んでいるのだ。こうした“純粋まっすぐ”な生徒は、使う側から見ても危険極まりない。
21世紀の危険に満ちたサイバージャングルを生き延びる知恵は、こうしたエリート校にはまだ備わっていない。新しい経済社会に適応できる人材育成こそ、今最も必要な教育機関の任務である。既存の組織、あるいは先生方ではこれは無理、というのが私の最近の結論である。それは、先生方があくまで「教えられる」という前提に基づいているからだ。先生方が、厳しい選抜に耐えてきた優秀な生徒たちの“素材”としての能力の掘り起こし・開発・発展を助ける触媒になる、そのためには自分が積み上げてきたものを時には捨てなければならない、という謙虚さが芽生えてこそ、新しい教育の第一歩が踏み出されると思うのだ。
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