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「産業突然死」の時代の人生論

第7回
答えのない問題に向き合う勇気を持とう

経営コンサルタント 大前 研一氏
2005年8月10日

答えのない時代だから「勇気」と「しつこさ」が重要に

 マスコミの役割というのは、いろんな意見を紹介することだと思う。マスコミは「先生」ではないのだから、声高に“teach”してはいけない。どちらが正しいかについてはあまり自己主張しないで、「こういう意見もある」「ああいう意見もある」と取り上げて、分かりやすく比較しながら知らしめることが重要だ。

 私も全世界の教育を研究したわけではないが、例えば、デンマークでは、ただ一つの結論を教えることをせずに、多面的なものの見方に気付かせる教育をしている。そのうえで、「困難にぶつかり、一義的な回答が得られないとき、いかにして乗り越える勇気を持つか」を教師は支援する。答えのない時代には、そこまでおもんぱかれる人が最後は指導者になれるという信念があるからだ。

 しかし、現在の日本のように、考えるよりも先に解答と解法を覚えてきたような集団が答えのない世界に直面すると、思考停止になり、チャレンジしようという勇気そのものがなくなってしまう。逆に、つかの間の心理的安定を得るために、自分がかろうじて分かっている世界にしがみつき、同じことを何度もほじくり返すようになる。これが一番危険だ。指導者的立場の人がこれをやり出したら、グループ全員が迷走してしまう。

 小泉首相の郵政関連法案の国会対策を見ていても、国民には話しかけていない。なぜ民営化が必要なのかの理解よりも、賛成・反対に議員を二分して力で押し切ろうとする。○×式で二択しかない戦後日本の教育を反映している。テレビの話題も古くは「ミッチー・サッチー論争」、最近では「若貴騒動」一色となってしまう。今の世の中はそれほど単純ではない。近隣諸国との関係でも、高齢化の問題でも、○×で決着の着くような問題ではない。

 国家と言うものに「集団IQ(知能指数)」とでも呼べるものがあるとすれば、21世紀の勝ち組は恐らく集団IQの高いところだろう。日本はそのための準備をしていない。いや、それ以前に、そうしたことが大切なのだという議論の端緒にも至っていない。

 何が正しいのか分からないという状態に平然と耐え、チャレンジした先にこそ答えがある。自分だけではなく、誰も答えが分からない物事に対して、自分で仮説を立てて立証していく「勇気」と「しつこさ」を持つ…。これが21世紀を勝ち残る上で、個人にも集団にも最も必要な能力だ。ところが、日本の教育ではこれが育たない。「答えがない問題」は、そもそもカリキュラムからはずしてしまうからだ。

 生徒の創造性を引き出すとの評価が高いハーバード流のケーススタディーも、今の時代には合わなくなりつつある。なにしろ古いものが多く、既に倒産や合併しているケースがストックの半分以上に上る。例えば、日産自動車のような会社はアップ&ダウンを繰り返しているが、古いケースでは「1970、80年代に日産がいかにフォードを上回ったか」という内容になっている。「その後、90年代にいかにトヨタの後塵を拝したか」「ゴーン社長がいかに蘇らせたか」というケースもあり、同じ日産でも全く異なる時期の状況をケースとして取り上げている。最近の市場変化、技術革新を考慮してはならないわけだから、あまりにケースが古いと先生も生徒も頭がフリーズしてしまう。それに、状況の結末は生徒の誰もが分かっているから、今ひとつ盛り上がらない。しかし、先生は「与えられたケースを前提にして、他の条件を捨象して考えなさい」というやり方しかできない。ケーススタディが「死体解剖」と言われるゆえんだ。

 一方、私のビジネススクールで教えているケーススタディーは、結末を誰も予測できない現在進行型の事例ばかりを扱う。参加者は「私がこの会社の社長だったらこうする。理由はこうだ」という自分の見解を述べるが、それぞれの生徒が出してきた答えが間違っているということはなく、それぞれが一つの見解だ。しかも、次々と飛び込んでくる情勢変化を反映できる『リアルタイム・オンライン・ケーススタディー』を行っている。

「エア・キャンパス」上で繰り広げられる大前塾頭と生徒との議論
http://www.president.co.jp/okei/campus.html

 例えば、「今週GMが格付けを落とされたが、あなたがGMのリチャード・ワゴナー会長だったらどんな手が打てるだろうか?」「ライブドアによるニッポン放送買収問題が起きたが、あなたが堀江社長だったらどうする?」、あるいは「ソフトバンク・インベストメントの北尾さんだったら、この後どう幕を引くのか?」と問いを投げかける。こうした事例を毎週1テーマずつ取り上げ、クラスの生徒50人が「エアキャンパス」というリアルタイムのクラス運営システム上で激論を戦わせる。

 その後、それぞれのケースは時間とともに展開していくわけだから、生徒はニュースに常々関心を持ち、自分の考え方、あるいは講師の考え方が果たして正しかったのか、自分なら当事者よりもしっかり対応できたのかどうか、自らのゴーイングコンサーンとして経営問題を考えていくことができる。頭はそのようにして能動的に働くようになるのだ。答えを覚えてしまったら、以後“氷漬け”という今までの教育とは根本的に異なるやり方が必要なのだ。

 もっとも、初日はみんな自分の意見を聞かれても答えない。しばらくはポカーンとする。発言を求めると、「私は賛成です」「反対です」と、感想しか言わない。しかし彼らに求められているのは感想ではなく、「あなたが当事者の立場だったらどう行動するのか」というビジョン、決断、行動とその理由だ。

 やがてクラスの中の積極的な10人程が活発な議論を始める。それを見て要領を得た他の生徒が加わり、20人になり、30人になり、そして最後は全体に広がっていく。「自分だったらこうする」ということを、ネットも活用しながら自分なりに分析して答えを出す。クラスの50人の生徒がそれぞれ自分の見解をぶつけ合うことによって、見識がどんどん高まっていく。私のビジネススクールの受講生は、28歳~50歳の年齢層だ。平均38歳の人たちが2カ月間学ぶと、これはもう、見事なくらいにガラッと変わる。日本人にだって「答えのない問題に対処する」ためのDNAが備わっていることが、はっきりと分かる。

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