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「産業突然死」の時代の人生論

第3回
愚民政策が生んだ「ウソばかりの“国産”食品」

経営コンサルタント 大前 研一氏
2005年7月13日

1頭のBSE感染牛で“完全閉鎖”消費者には情報と選択肢を与えよ

 米国でBSE(牛海綿状脳症)感染牛が1頭見つかったことで、日本は米国からの牛肉輸入をすべて禁止にした。しかし、それで安全保障は高まったのだろうか。

 米国内の牛の頭数は日本の約100倍。その中の1頭が感染したのに対して(今年6月に2頭目のBSE感染牛を確認)、実は日本では20頭も出ている。その事実は不問にして、米国で1頭出たというだけでこうした措置をとってしまう。どういう考えの人が、こうしたことを平気でするのだろうか。

 結果的に、日本は米国から散々叩かれている。現在、日本が米国ともめる理由はこれ以外にない。米国ともめる原因として、BSE問題がふさわしいのかどうか。しかも、「全頭検査しろ」という理不尽なことを言って1年以上が経過した。それでもまだ解禁しない。おかげで日本の国産牛は史上最高値になっている。

 そして、まだBSE感染牛が発見されていないオーストラリアには商社が殺到した。その結果、元々、米国牛より安いのが“ウリ”だったのに、今はかつての米国牛よりも高値になってしまっている。一体、誰が儲けているのか。

 こうした事態が起こると、日本はすぐに“国”というものを前面に出して「危険だから、政府の責任で輸入ルートを閉鎖してしまえ」となる。いかに安全保障について考えていないかだ。そこには科学的な論拠は何もなく、感情論だけしかない。

 例えば、アルゼンチンの肉は皆が美味しいと口をそろえる。私も現地に行くと、岩塩を振りかけて赤身の肉をよく食べるのだが、実は日本には輸入できない。口蹄疫(こうていえき:※)があるためだ。すべての肉がそうではないのに……。

※口蹄疫:ウイルスが原因で起こる牛や豚、羊、山羊などの急性の伝染病。感染すると、一般的には発熱や元気消失、多量のよだれが見られ、舌や蹄の付け根などに水胞が出来る。感染した動物の肉などを食しても、人に感染することはないとされているが、伝染力が強く畜産業に与える影響が大きい。

 賢明な消費者を育てるためにも、いくつかの選択肢を与えるべきだと思う。「米国牛は2000万頭の中でBSE感染牛が2頭出た。価格は安い」「国産牛はBSE感染牛が20頭出た。価格は高い」「アルゼンチン牛は……」という情報を開示して、選択してもらう。個人に選択能力がないと決めつけ、先回りして国家が商品をせき止めてしまっては、国民は育たないし、国家としてのリスクは下がらない。国が一度輸入を差し止めてしまうと、万が一、解禁した際にBSEが発生すれば、国の責任になってしまうからだ。

 全頭検査体制を貫くのは、結果的に膨大なコストを国民に強いることになる。情報を100%開示した上で、リスクと価格の関係を見ながら国民に選択してもらうようにするのが先進国のやり方だ。スイスはこのやり方をとっており、米国でBSEが発見されてもずっと輸入している。もちろん、骨付き肉は輸入しておらず、生産工場そのものを検査・管理体制下に置いて、適切な切り方をした部位の肉だけを輸入している。

 日本は将来的に牛肉を自給できるかといえば、それはできない。自給できたとしても、飼料である穀物はすべて輸入に頼らざるを得ないから、リスクが下がるとは思えない。水際のガードを下げれば、確かにBSEのリスクは高まるが、半面、ベネフィットも大きくなる可能性がある。危険性を国民に開示した上で、ベネフィットとの見合いで判断させることが、日本の社会がリスクとの健全な付き合い方を学ぶ端緒となるだろう。

 
 

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