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書評

中国は天安門事件の歴史的な総括を行うことができるのか

 天安門事件後、中国政府は公式には天安門事件に関して一切を封印する態度を取った。人民解放軍が人民に向けて発砲する事態は、権力者の側にとってもあってはならないことだったのだ。

 本書を読むと、軟禁状態にあった趙紫陽は、著者の宗鳳鳴に対して、何度となく「中国政府は六四の歴史的な総括をしなくてはならない」と主張している。事件から目をそらしてはならない。それがどのようなもので、その後の歴史にどのような傷跡を残したのかを直視すべきだというのだ。

 1997年9月、軟禁状態にありながら趙紫陽は行動を起こす。第15回共産党大会へ書簡を送り、「天安門事件の歴史的評価をすべき」と訴えたのだ。

 反応は激烈だった。中国政府は趙紫陽周辺の監視を強化した。それまである程度の外出も許されていたものが許されなくなり、「気功師である」として趙紫陽と面会していた宗鳳鳴もなかなか会えなくなった。

 本書は、15回党大会への書簡までを第1部、それ以降趙紫陽の死までを第2部と分けている。そして大部の第1部と比べて第2部は薄く、内容の密度も落ちている。趙紫陽への監視強化と、趙自身の老いとが影響しているのだろう。

 本書を読むと、天安門事件が平穏無事に解決していたならば、その後の東アジア情勢は今とはよほど変わったものになっていただろうと感じる。そのまま趙紫陽が国家主席を務めていたならば、中国は経済成長と政治改革のバランスを取って、もっとゆっくりと変わっていったかも知れない。ゆるやかな経済成長をしていたならば、中国が覇権的な資源外交を展開することもなかったかも知れない。趙は、他国への憎悪を国内政治の手段とすることに反対していた。とするならば、1990年代の反日教育などはなく、2005年の反日暴動は起きるはずもなかったろう。

 しかし現実には、1990年代、国家主席を務めた江沢民は、民主化要求を抑圧し続けた。国民を政治的にまとめる方便として反日教育が実施された。

 政治的な抑圧から国民の目をそらすためには、「誰もが金持ちになれる」という幻想が必要だった。政治的な抑圧を続けるためにも、狂騒的なまでの急速な経済成長が必要だったのである。

 そういった江沢民の治世の結果を最終的に象徴したのが、北京オリンピックだったとは言えないだろうか。チベット問題により、聖火リレーは行く先々で大騒動を引き起こした。急速な経済成長にふさわしい派手な開会式は、同時にコンピューターグラフィックスの花火や口パク少女といった偽造絡みでもあった。オリンピックから1カ月後、中国は有人宇宙船「神舟7号」で宇宙遊泳を成功させたが、1992年に有人宇宙計画実施のゴーサインを出したのも、江沢民だった。

 2002年に江沢民の後を継いだのは、胡錦涛国家主席と温家宝首相のコンビだ。今のところ、このコンビは、長老支配を狙っていた江沢民の封じ込めに成功し、実権を掌握したと考えられている。江沢民は2004年に中央軍事委員会主席の座を降り、事実上引退した。

 温家宝は、趙紫陽の下で働いた経験を持つ。彼は1989年5月19日、趙紫陽が天安門に赴いた際に同行していた。

 今年9月30日、温家宝首相は米CNNテレビのインタビューに応じた。その際インタビュアーは、89年の天安門事件の際に、趙紫陽と共に天安門広場に立つ彼の写真を示し「そこからどんな教訓を得たか」と質問した。温家宝は「中国の民主化の発展と関係があると信じている」と語った。

 あまり注目されなかったニュースだが、今後の中国情勢を見ていく上で、大きな意味を持つかも知れない。これまでかたくななまでに中国政府は天安門事件を封印してきた。公式に事件に触れることは一切なかった。ひとたび天安門事件に冠する言論を解禁してしまえば、社会に蓄積している矛盾が一気に噴出して収拾がつかなくなってしまう ―― そう考えているように思える。

 それが海外メディア向けとはいえ、首相が天安門事件について公の場で発言したのである。

 CNNの放送内容は、すぐに中国のネットユーザーによって中国語訳され、Webページに掲載された。その内容は大きな反響を巻き起こしたが、中国政府はすぐに削除したという。

 まだまだ中国政府内部では、天安門事件を自らの手で総括することへの抵抗が存在するのだろう。しかし、温家宝が自分の発言が国内に流れることを計算していなかったとは考えにくい。彼は国内状況に探りを入れる意味でCNNの質問に答えたのだろう。

 温家宝は、天安門事件後、自己批判を拒否した趙紫陽に殉ずるのではなく、自己批判を行うことで社会的に生き延びた人物だ。彼は、趙紫陽の下で何を学び、何を考えて自己批判を受け入れたのか。そして本心では何を目指しているのか。

 趙紫陽の思想は、今の政権の中に生きている ―― 希望的観測かもしれない。しかし、本書を読み終え、温家宝の言動と考え合わせるに、わたしはその可能性を否定できないと感じている。

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