バックナンバー一覧▼

書評

松浦 晋也氏
2008年10月20日

「趙紫陽 中国共産党への遺言と『軟禁』15年余」

「趙紫陽 中国共産党への遺言と『軟禁』15年余」

宗鳳鳴 著
高岡正展 訳
ビジネス社
2008年8月発行
5000円(税込み)

 前回、中国で最も貧しい人々の実際を尋ね歩いた「中国低層訪談録」を取り上げた(「貧困層インタビューから見えてくる中国」)。中国では今なお、多くの人々が貧困にあえぎ、苦しんでいる。

 では、彼らが中国の実態をすべて代表しているのかといえばそうではない。満足な教育も受けられずに貧困にあえぐ人々がいる一方、沿岸地域を中心に先進国並みの生活水準を実現している人々がいる。

 そしてそれらすべての人々を統治する北京の中央政府の指導部がいる。経済的には既に、日本以上に資本主義的ともいえる資本主義体制を採用した中国だが、政治面では今なお社会主義体制を堅持しており、中国共産党が独裁的に政治を仕切っている。政府首脳部を選ぶ手続きは選挙ではない。共産党上層部のいわく言い難い政治力学で次の国家主席が決まっている。

 そのような状況で中国における政治の実相を知るためには何を読めばいいのだろうか。その答えが本書だ。「失脚した政治家の回想録を読めばいい」のである。

 中国の政治は、長老による人治の側面が強い。公式には引退した者も政治に影響力を残す。彼らのさりげない一言が政治に影響を与えるので、引退した政治家も回想録を書かない。しかし、失脚した政治家にはそのような束縛はない。

 中国における言論の自由は必ずしも万全ではないが、既に中央政府が統制し切れる状況でもなくなってきている。さまざまな体制を批判する出版物が世に出回り、さらには海外へと流れてきている状況だ。

 かくして、趙紫陽の死後2年目に、本書が香港で出版されたのだった。

 本書は1989年の天安門事件の時に共産党総書記だった趙紫陽(1919~2005)の発言をまとめたものだ。彼は天安門事件への対応を誤ったとされて、鄧小平など長老グループの手により失脚させられた。その後15年以上にわたり北京の一角において軟禁状態におかれ、85歳で死亡した。

 中国歴代の共産党総書記では、1980年代に鄧小平の意を受けて経済の改革開放路線を推進した2人、すなわち胡耀邦と趙紫陽が失脚している。

 胡耀邦は1987年1月に失脚し、1989年4月に死去した。回想録を書いている時間はなかったといえるだろう。しかし趙紫陽は1989年6月に失脚してから、さらに15年を生きた。その間、古くからの友人でもあった著者の宗鳳鳴が、何度となく軟禁状態の趙紫陽に面会し、その発言をまとめていたのである。面会の回数は15年間に100回を超えたという。宗鳳鳴は「自分は気功師である」と称して警備をくぐり抜けたのであった。

 つまり、本書は総書記まで務めた中国の政治家の本音が記された唯一の本なのである。

 既に天安門事件から19年以上が過ぎた。趙紫陽と言ってもぴんとこない人も増えているだろう。その名前を覚えている人も、ほとんどは「天安門事件の時に、学生たちが立てこもる天安門広場に足を運び、涙ながらに説得しようとした人」とのみ記憶しているのではないだろうか。

 しかし、本書を読めば、そのような印象は一変するはずだ。趙紫陽は、単なる「涙のおじさん」ではなかった。本書から立ち現れるのは、幅広い視野でさまざまな情報を偏見なく分析し、あくまで合理的に思考する政治家の姿である。その視野は中国共産党による統治の正当性、合理性を疑うところにまで及ぶ。いずれ中国は共産主義の看板を降ろし、民主主義国家にならねばならないと彼は考えていたのである。

 と同時に、彼の思考の明晰さが、逆に中国という国の内情をも映し出す。これほどまでに開明的な政治家が総書記を務めていてもなお、天安門事件は起きてしまったのだ。

あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください

SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。