栄光と悲惨さの極端なコントラスト
本書のインタビューはそのほとんどが悲惨なものだが、ただ一つ、“右派”のレッテルを張られた馮中慈(フォン・チュンツー)へのインタビューは強い意志と背筋の伸びた態度で、読者の胸を打つだろう。
文化大革命の時代、“右派”とレッテルを張られることは、即ひどい迫害を受けることを意味していた。その状況のなか、彼はかつての地主階級出身の女性に恋をする。当時、地主階級の出身者はそれだけで“右派”と呼ばれ、迫害の対象だった。
その状況下で、彼は自らの恋を貫き、その女性と結婚する。馮中慈も“右派”とされ、迫害の火の粉が降りかかるが、彼はひるまなかった。
老威: あなたは後悔したことはありませんか。
馮中慈: ない。初めは批判されることに慣れなかった。以前は私が他人を批判していたからな。でもだんだんと慣れてしまった。子供ができると、それで、もっと慣れてしまった。貧しい者が革命を行うのは飯を食うため、服を着るため、妻や子供のためだ。私は革命を行わなくても妻や子供を手に入れた。
(中略)
もしも良心に背いて文馨(松浦注:妻の名前)を火の穴の中に突き落としていたら、私は一生後悔していただろう。たとえ大臣になったとしても心は穏やかではなかったろう。(本書 p.191)
当たり前に生きることすら困難であった文化大革命の時代に、敢然と自分の意志を貫いて生きた人もいたのである。
中国を考える上で、このように極端な栄光と悲惨さのコントラストを避けて通ることはできない。
中国には日本の10倍以上、13億人を超える人々が住む。そのマスの中から生まれる栄光も悲惨も、日本の比ではない。
オリンピックの開会式にあったように、紙を発明したのも羅針盤を発明したのも中国人だった(開会式では出てこなかったが、火薬を発明したのも中国人だ。まとめて中国三大発明といわれる)。
旧ソ連と米国に続き、世界で3番目に有人宇宙飛行を成功させたのも中国だ。沿岸部を中心に1億人近い富裕層が生活するのも、間違いなく中国の現実である。
しかし、その一方には、本書が描き出すような想像を絶する悲惨さも存在する。その両方を見ていかなければ、中国の実際を把握することはできないだろう。中国政府が隠したがる、悲惨さの実態を記録している点で、本書の価値は非常に大きい。
同じ漢字文化圏にあるせいか、わたしたちは中国の文化や中国の人々を「理解できる」と安易に思ってしまいがちだ。しかし、実際には、中国の文化や価値観は日本とは大きく異なる。
本書を読むと、庶民レベルでの感性の違いをインタビューの端々で実感できる。ちょっとした単語、言葉のニュアンスなどから、同じ漢字を使いつつも全く異なる文化のありようを読み取ることができる。
安易に「同じ漢字を使う者」という感覚だけでは、中国への理解は深まることはない。お互いの文化の違いを直視し、知ることで初めて理解は深まる。
その意味で、本書は中国に興味がある人や対中ビジネスに携わる人のみならず、日本の将来について考えるすべての人が読むべき一冊だ。
2007年、日本の対中貿易額は対米貿易を抜いて1位となった。輸入も輸出も右肩上がりに増えている。もはや、日本の将来を考えるにあたって中国の影響を排除することはできない。中国に対する正確な理解なくして、日本の将来を見通すことはできないのである。
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