成都の浮浪児との対話
本書はいきなり成都の14歳の浮浪児へのインタビューから始まる。著者はそれぞれのインタビューの前文に、インタビューに至った経緯と日時を簡単にまとめている。この張大力(チャン・ダーリー)という浮浪児には1996年1月16日の昼、成都の九龍橋の近くで会ったと記録している。本書のインタビューはすべて日付と相手の名前が記されている。名前については(明記されているわけではないが)仮名を使っている場合もあるようだ。
著者の文章はかなりインタビュー相手の話し方を忠実に再現したもののようだ。訳文も「おら」「あっし」といった一人称や「ですだよ」のような疑似方言を駆使して、その雰囲気を再現している。また、現場の状況をよりよく伝えるためだろう、「浮浪児」「乞食」「売春婦」といった、最近の日本ではあまり使わなくなった言葉もあえて使用している。
著者は達者なインタビュー術で、生意気な浮浪児からその生い立ちを聞き出していく。
張大力の両親は革靴の製造工場で働いていたが、給料が出なくなり革靴の現物支給となった。両親はそれを張に渡し、学校の学友に売ってくるよう言いつける。それは張にとって面子が立たない、耐え難いことだった。
おれだって、やりかえしたさ。
『大人に面子があるなら、子どもにだって面子があらあ! 靴を売るため、学校さえ行けなくなったじゃねえか!』
おれは、口答えしているうちに泣いちまった。おやじはおれの心を傷つけすぎたのよ。でも、ヤツになんか分かるわけねえ。学校は大人の社会と同じで、カネがあればなんでもできる。おれのようなリストラされたヤツの子どもは、貧しければ貧しいほどいじめられるのさ。(本書 p.14)
この短い段落だけでも、我々はさまざまな中国庶民の置かれた状況や、彼らの感性や行動様式を読みとることができる。子どもまでもがこだわる面子への執着。14歳が「カネがあればなんでもできる」という結論に行き着いてしまうほどに社会にはびこっている拝金主義。それは学校にまで入り込み、いじめの原因となっていること。
「社会からドロップアウトした子どもの歪んだ物の見方だ」では片づけられない、事実のみが持つ圧倒的な迫力がここにはある。
家出をし、同じような境遇の浮浪児と暮らすようになった張大力は、「親のカネにものを言わせて、弱いものいじめをしていばりちらしている奴」を恐喝することで生計を立てるようになる。彼にとってそれは正義の行為だが、もちろん身勝手な屁理屈にすぎない。
著者は張に「それは犯罪だ」と指摘すると、彼は「おれはまだ十四歳だぜ。あんだどうするってんだい?」と問い返す。「少年院か少年教護院に送るよ」と答えると、張大力は「成都市全体じゃあ、おれたちみたいな子どもは、ほんとに多いぜ。学校に通っている子もいりゃあ、家出の子もいる。もしぜんぶ捕まえたら、少年院を十カ所増やしても足らねえな。」(本書 p.19)と言う。
年齢離れした張の主張の背後には、香港や台湾で大量生産されているヤクザ映画の影響がある。街には安くビデオを見せる茶館が多数存在し、そこで張はヤクザ的なものの考え方を学んでいた。それらのビデオの少なからぬ量が海賊版であろうことは容易に想像できる。
過酷な境遇を生きる少年は、14歳にして大人並みの世間知を身につけている。
老威(著者のペンネーム): 社会では何回も学園の環境浄化キャンペーンを行ったし、しかも、マスコミはけっこう宣伝に力をいれてきたようだ。それでも、君は飯の食い上げにならなかったのかい?
浮浪児(松浦注:張大力のこと): 中国のことだせ。一陣の風のように過ぎていくだけさ。
老威: 「中国のことだぜ」だって! 君は未成年なのに中国のことが分かるのかい?
浮浪児: 大人がいつも茶館で言ってるぜ。耳にタコができてらあ。」(本書 p.21)
「上に政策あれば下に対策あり」という言葉通りだ。政府はさまざまなキャンペーンを張って政策の浸透を目指すが、庶民は冷めた目でそれを見て、自分なりの対応策で適応し、やり過ごす。そんな中国社会のありようが、短いやり取りからうかがい知ることができる。
浮浪児・張大力の姿は、日本に暮らす我々にとっても、そう縁遠いものではない。わたしが思い出したのは、かつて一世を風靡(ふうび)したマンガ「あしたのジョー」(梶原一騎原作、ちばてつや画)の冒頭で描かれる主人公・矢吹丈(ジョー)の姿だった。ふらりと浅草山谷のドヤ街に現れた浮浪児のジョーはドヤ街の子どもたちを引き連れて乱暴狼藉を繰り返し、警察に捕まり少年院に送られる。
張のような子どもは、かつて日本でも珍しくはなかったのだろう。その意味では、著者がインタビューを通じてあぶり出す張の様子は、わたしたちの想像の範囲内にある。
だが本書は、この後「本当にこのような悲惨さが地上に存在するのか」という事例を次々に紹介していくのだ。
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