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書評

「知らなかった」がパンデミックの被害を拡大する

 本書では日本人の発症者1号を、ゲマイン共和国に出張していた個人企業の経営者としている。彼は「多少の事は気合いで乗り切る」タイプだった。

 現地で感染し、潜伏期間中に帰国した彼は、国内で発症する。しかし、「気合いだ!」とばかりに発熱をおして出勤し、商談に動き回ったために、結果としてウイルスを拡散させ、パンデミックの引き金を引いてしまうのである。

 彼は、新型インフルエンザを「変な病気が発生した」としか認識していなかった。もしも少しでも知識があれば、体調の変化を自覚した時点で、保健所に連絡し、病院へ行っただろう。

 防疫関係者は、この経営者の移動経路を追跡し、感染の可能性がある者を特定しようとする。しかし、彼は公共交通機関を利用してあちこちに移動していたために、すべての潜在的感染者を洗い出すことは不可能だった。

 ここでは、「パンデミック時には感染経路の特定は不可能」という原則が描写されている。新型インフルエンザに対しては、誰一人として免疫を持っていない。ウイルスに触れた者は、ほぼ間違いなく全員が発症する。不特定多数が高密度で行き交う人混みや交通機関で、ウイルスは効率的に感染者を増やしていく。「誰から誰に伝染した」というような経路特定は、原理的にできないのである。

 発症者第2号は、同じくゲマイン共和国から帰国した商社マンだった。彼は、帰国途中の旅客機の機内に感染者がいたために、新型インフルエンザに感染してしまう。

 実際に、多くの乗客が長時間同じ空間の中で過ごす長距離旅客機は、感染拡大を引き起こす可能性がある。パンデミック発生時の航空機による移動は、よほど注意しなくてはならない。できれば避けるべきものである。

 著者はこの調子で、知識があれば避け得た悲劇を次々に描いていく。

 中学受験を控えた息子を持つ母親は、勉強が遅れることを恐れて、息子を塾に送り出してしまう。塾もまた、不特定多数が長時間同じ空間で過ごす場所だ。息子は新型インフルエンザに感染してしまう。

 最初の感染者となったビジネスマンは、妻と息子も新型インフルエンザに感染してしまった。息子は重症の肺炎を起こし、病院は肺炎時の通常の治療法であるステロイド剤の集中投与を行う。しかし、新型インフルエンザではそれは絶対に行ってはいけない、かえって症状を悪化させる治療法だった。息子は医療ミスによって死んでしまう。

 パンデミックには3種類のワクチンがあるといわれている。まず、新型インフルエンザ発生前に、現状の鳥インフルエンザウイルスから製造するプレパンデミックワクチン、次いでパンデミック発生後に新型インフルエンザのウイルスで製造するパンデミックワクチン。3番目のワクチンが、「知識のワクチン」だ。新型インフルエンザの特性、対処法、事前準備などなど、知識を持って的確に行動すれば、被害の拡大を相当なところまで食い止めることができる。

 「怖いから耳をふさぐ」「新型インフルエンザの脅威などなかったことにする」というのでは、いざパンデミックが来た時に被害を拡大することになる。わたしたちは政府に対策を要求すると同時に、自ら新型インフルエンザについて正しい知識を持たなければならないのである。

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