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書評

松浦 晋也氏
2008年3月11日

「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争」

「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争」

速水融著
藤原書店
2006年2月発行
4410円(税込み)

「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」

「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」

アルフレッド・W・クロスビー著
西村秀一訳
みすず書房
2004年1月発行
3990円(税込み)

 本欄、前々回に消えた年金問題を扱った回には、非常に大きな反響をいただいた。一方、前回の高病原性鳥インフルエンザの回は、前々回ほどの反響は来なかった。

 年金は金の問題であり、高病原性鳥インフルエンザは命の問題だ。どちらが大切かといえば命に決まっている。にもかかわらず、年金問題により大きな関心が集まった理由はおそらく、年金問題は起きてしまっているが、高病原性鳥インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)はまだ起きていないということだろう。

 いくら専門家が「いったんパンデミックが起きると第二次世界大戦の死者数と同じぐらいの被害が出る」と警告していても、実際にそのような状況が目前に展開しない限り、その恐ろしさは実感しにくい。

 知識として「鳥インフルエンザが、人からヒトヘ感染する新型インフルエンザへ突然変異するのは確率の問題だ」と知っていて、国立感染症研究所・感染症情報センターのホームページを見たとしても、この二つを具体的に結びつける想像力を持つことは意外なくらいに難しい。

 前回の書評掲載(2月20日)以降も、ベトナムで2人、インドネシアで2人、中国で3人、エジプトで3人と3月5日現在で10人の高病原性鳥インフルエンザの発病者が出ている。うち8人が死亡し、もっとも新しいエジプトでの発症例も現在病院で治療を受けている。直近の死亡率は80%である。

 彼ら患者の体内では、本来人に感染しないはずの高病原性鳥インフルエンザのウイルスが増殖している。増殖は一定割合でランダムな突然変異を伴っており、その突然変異がヒトヘの感染性を獲得するようなものならば——ビンゴ! パンデミックへの第一歩となる。

 しかし、中国からエジプトまでの広い範囲、それこそ何十億もの人が住んでいる地域の中で10人が同じ病気にかかり8人が死んだとしても、それが自分の生活にどう関係するというのか、なかなか実感はできないだろう。

 パンデミックがひとたび起きると、いったいどんなことになるのか。こういう時は過去の事例を調べればいい。20世紀、世界は4回のインフルエンザ・ウイルスが起こしたパンデミックを経験した。1918年から20年にかけての「スペイン・インフルエンザ」、1957〜58年の「アジア・インフルエンザ」、1968〜69年の「ホンコン・インフルエンザ」、そして1977〜1978年の「ロシア・インフルエンザ」である。

 このうちロシア・インフルエンザはどこかの研究機関が保管していたウイルスが漏れて起きたのではないかと推測されており、自然に発生したパンデミックはスペインからホンコンまでの3回となる。中でもスペイン・インフルエンザは、他の二つが共に死亡率0.2%程度だったのに対して、2%の高い死亡率を示し、しかも人の居住する全世界の地域で流行するという、巨大パンデミックだった。

 ちょうど、スペイン・インフルエンザが発生した時、欧州では第一次世界大戦の真っ最中だった、近代兵器を使った国家同士の全面対決となった第一次世界大戦では約1000万人もの死者が出た。一方、スペイン・インフルエンザは同時期に世界中で猛威を振るい、世界人口が約20億人だった当時に、約4000万人もの死者を出している。

 いったいその時、社会はどうなり、人々はどう対応したのか。そしてなによりも重要なことは、「史上最悪のインフルエンザ」の副題にある「忘れられたパンデミック」という一言だ。20億人のうちの4000万人、人口の2%もの死者を出したパンデミックを、我々はなぜ忘れてしまったのだろうか。

 今回扱う2冊は、それぞれ日本と、米国・欧州におけるスペイン・インフルエンザの状況をまとめた本だ。「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」は2006年出版。日本におけるパンデミックの状況を当時の新聞記事を丹念に収拾し、分析することでまとめた、おそらくは初めての本である。

 一方、「史上最悪のインフルエンザ」は原著出版が1976年、邦訳版出版が2004年。人々が忘れていたパンデミックの脅威に、あらためて注意の目を向けさせた記念碑的名著である。

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