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書評

民営化が可能にした東海道新幹線への投資

 第6章から終章までは、分割後に著者が勤務したJR東海を例に、分割の結果、なにが起きたのかを検証していく。中心になるのはJR東海が引き受けた東海道新幹線を巡る経営であり、その過程で必然的に発生した、分割時に残った新幹線を巡る制度的歪みの是正である。

 分割前の国鉄は、巨額の赤字のために投資をぎりぎりまで抑制していた。日本で最も大きな収益を生む路線である東海道新幹線も例外ではなく、新規車両の投入はなく、線路や駅などのインフラの整備や改良も必要最低限となっていた。

 分割後のJR東海は、新幹線の高速化に着手する。1964年の開業時、新幹線は東京・新大阪間を4時間で結んだ。1年後に、同区間は3時間10分で結ばれるようになり、その後1985年までこの時間が続く。民営化に向けた動きが本格化した1985年3月から、徐々に速度向上の努力が始まる。1985年に3時間8分、1986年に2時間56分、1988年に2時間49分と徐々に短縮された所要時間は、1992年に新型の300系車両投入と「のぞみ」の運行が始まったことで一気に2時間30分まで短縮された。

 本書は、JR東海が所要時間の短縮をどのようにして達成していったかを詳述する。基本にあるのは、設備投資だ。分割民営化後のJR各社は、早期に単年度黒字決算となることを期待されていたが、JR東海は黒字決算よりも東海道新幹線への設備投資を優先させた。線路を高速走行に合わせて改修し、必要な設備を整え、新型車両を投入していったのである。

 同時に車両運行体制も合理化していった。東海道新幹線はビジネス路線であるとして、食堂車を廃止し、「のぞみ」から「こだま」までのすべての車両を同一乗車定員の16両編成に統一した。

 著者は、鉄道事業にとって50年、100年の長期的な視点に立って行うものだと指摘。その観点から、リニア新幹線へも積極的に取り組んでいく。山梨実験線の実現に向け、どのように取り組んだかの記述は非常に興味深い。JR東海1社がリニア実験線への大型投資を決めた時は、その大胆さに驚くと同時に、先行きに危惧を感じたものだが、なるほど、本書にあるような長期的見通しを持っていたとすれば納得できる。

 このような新幹線への投資が可能になった背景には、国鉄分割民営化と同時に設立された新幹線保有機構を1991年に廃止することができたという制度改革がある。

 国鉄分割民営化が行われた時点で、東海道、山陽、東北、上越の各新幹線の線路などインフラストラクチャは、まとめて新幹線保有機構という特殊法人の所有となった。JR各社はインフラのリース料を保有機構に支払って新幹線を運行する。同時に新幹線保有機構は、国鉄の債務の一部を持ち、受け取ったリース料で返還していく仕組みだ。これは本州のJR各社が負担する国鉄債務を平準化するために考案された仕組みだった。一言でまとめれば「ドル箱である東海道新幹線、つまりはJR東海の収益を、他のJR各社にも回す」ということである。

 著者は、この仕組みは会計的合理性からではなく、霞ヶ関官僚がJR各社へ支配力を残すための布石として採用されたとする。

 「もし新幹線保有機構が解体されていなければ、JR本州三社が今日のような利益体質に成長した時、新たに完成した整備新幹線の設備、債務を新幹線保有機構に編入し、プールして返済する仕組みとされた可能性は高い」(本書p.216)

 高速道路が官僚支配の下で、東名以下の先行して建設した道路から得られた収益で延々と地方路線を造り続けているのと同じことになったろうというわけだ。

 著者はよほどこの件を腹に据えかねたらしい。巻末にわざわざカラーページを設けて、この件に関するデータを掲載しているほどである。

 道路はありとあらゆる車種の自動車が走るが、線路は特定の車両だけだ。となれば、線路と車両を一体化して技術的な最適化を進めたほうが、合理的に輸送能力を改善できる。1991年に、著者らの主張が通り、新幹線保有機構が解体され、JR東海は、東海道新幹線のインフラに独自判断で投資することが可能になった。

 その、現時点における最新の成果が、新幹線品川駅だ。本書によると品川駅の建設にかかった費用約1000億円は、2年で償却した計算になるという。これは間違いなく、民営化の成果と言えるだろう。

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