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書評

分割民営化を可能にした法理

 国鉄の分割民営化にあたっては、職員を新会社に移行させつつ、同時に合理化も進める必要があった。

 著者は、そのための基本方針を出したのが国鉄社内の法務課に所属するある法律専門家だったとする。

 その人物の名前は本書において伏せられているが、著者は「あらゆる問いかけに対して、見事に枝葉を整理して本質のみを取り出し、必ず明確な見解をくれた」(p.80)と高く評価している。

 以下、少し長いが、その法律専門家が出したアイデアを本書より引用しよう。

 「分割の際の職員の各会社への配置方法は難しいですね。本人の意思に反して『お前はここに行け』というのは法的に不可能です。名実ともに本人の意思に従って分かれていく形でなければならない。これをやれる方法はたった一つしかない。それは何か。国鉄という法人格が国鉄清算事業団と一体であり、分割されて生まれる七つの新会社は文字通り新たに設立され、新たに必要な要員を採用して事業を行うのでなければならない。すなわち、国鉄職員は全員が自動的に国鉄清算事業団に引き継がれることになる。新しい会社に応募し、採用試験を通って採用された者のみが、新しい会社の社員となって入っていく。つまり、本人が会社を選ぶのです。国鉄は設立委員会の依頼を受けて採用事業を手伝いをする。具体的には設立委員会の示す採用基準に基づいて希望者に推薦順位をつけ、その名簿を出せばよい。国鉄総裁が『お前は東海、お前は東日本に行け』などと命令を下して、それが『憲法に保障されている職業選択の自由に違反しているのではないか』と訴えられたら、命じた方が負ける。唯一の方法は、『国鉄イコール国鉄清算事業団』であり『新しい会社は名実共に新設の法人である』という仕組みしかありません」(本書p.80〜81)

 これは重要な証言だ。というのは、労働側から見れば、これはまさに「職業選択の自由を保障した憲法を無視した労務管理を可能にした、悪魔の法理」だからである。

 ちょっとネットを検索するだけでも、例えばルポライターの鎌田慧氏の以下のような発言を見つけることができる(日刊ベリタに掲載)。

 「国鉄分割民営化っていうのは偽装倒産なんですね。よくやる方法で中小企業なんかが組合ができてうるさいと会社つぶしてしまうって言う、そういう汚い手を国家がやった。もちろん国家的不当労働行為といってますけど、その前に国家が組合を潰すために会社を潰して、それでめんどくさい奴を追っぱらって新しい会社にして勝手にやろうって言う‥‥(後略)」

 鎌田氏は、労働の現場を長年取材してきたベテランであり、この意見は国鉄の労働現場、少なくともその一部が国鉄民営化をどう感じていたかを反映していると見て間違いはないだろう。

 この鎌田氏の発言を読むだけで、さまざまなことを考えることができる。

 「著者の言う法律専門家は、中小企業の偽装倒産の手法を知っていて、その上でこの分割手法を考えたのではないか」
「中小企業ならまだしも、国家がこのような手法を取ったことにより、『法的に正しければ何をやっても良い』という形で国民に道義的な退廃をまき散らしたのではないか」などなど。

 実際、著者がこの法律専門家の実名を本書に掲載しなかった理由は何だったのか。本書の他の部分では、例えば運輸省の林淳司事務次官のように実名を挙げてその功績を称えている人物もある。著者の記述が正しいなら、この法律専門家も当然実名を挙げて称えるべきであろう。

 これは想像であるが、著者はこの法律専門家の実名を出すことで、本人に危害が及ぶ可能性をも考慮したのではないだろうか。そう勘ぐりたくなるほどに、国鉄清算事業団から分割後のJR各社への採用は問題化し、裁判にもなった。2005年には東京地裁が、旧国鉄の不当労働行為を認め、賠償を命じる判決を出している。

 あるいは著者のような「宮廷のエリート」にとっても、この法理が「後ろめたさ」を感じさせる部分があったのかも知れない。しかし、それもこれも本書を読む限りにおいては推測でしかない。

 ともあれ、この方針で国鉄民営化が進むことになる。

 本書で描かれる著者らの労務対策は、基本的に「筋を通し正論を貫く」だ。その方法が可能になった背景には、労働組合の側が国民の支持を失っていたという事実が存在した。国鉄は国民生活に不可欠の「国民の足」だった。順法闘争、そしてスト権ストは、国民生活に多大な悪影響を及ぼしていた。1973年には順法闘争によるダイヤ混乱に怒った群衆が暴徒化して駅施設を破壊した「上尾事件」が起きている。多くの国民にとって国鉄の労働組合は、「同じ労働者として連帯する対象」ではなく、「毎年毎年、飽きもせずにはた迷惑な闘争を繰り返す連中」となっていたのである。

 反マル生運動に勝利して先鋭化し、スト権を求めてストを打つほどになった労働組合は、その結果、国民の支持を失っていったのだった。

 本書では、三つの組合のうち最大の規模を誇った国労が、運動方針にこだわり過ぎた結果、状況の変化に対応できずに自壊する様が、その時、その場にいた当事者にしか語り得ないエピソードを積み重ねて描かれる。いつ、誰がどこで誰に会い、どのようなことを語り合い、語った結果どのように状況が変化したか――この部分は本書の白眉といえる。

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