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書評

上層部の宮廷革命と、末端社員の啓蒙運動

 本書のサブタイトルは「『宮廷革命』から『啓蒙運動』へ」というものだ。「宮廷革命」というのは、会社のトップクラスで起きた変革という意味、「啓蒙運動」というのは、末端の社員に至るまでの全社的な意識改革を意味する。著者は国鉄民営化には「宮廷革命」と「啓蒙運動」の二つの側面が存在し、両輪となっていたとする。

 やや乱暴に説明してしまうと、宮廷革命というのは、国鉄を民営化するかしないか、するならばどのような形態で行うかという問題を巡る、意志決定の推移だ。それが「宮廷革命」と形容されるのは、著者を含む、当時40代以下の比較的若いキャリア職員が大きな役割を果たしたからである。

 意志決定の次には、その意志を組織全体で共有することが必要となる。国鉄の場合、複雑に入り組んだ労働組合が存在した。「啓蒙運動」という形容は、それら組合の構成員を民営化プロセスに巻き込んでいく過程を意味している。

 「宮廷革命」と「啓蒙運動」という形容は、そのまま著者の立場を表している。著者は、気鋭の幹部社員として「宮廷革命」に参加し、民営化の実施にあたっては、末端社員を「啓蒙」していったのである。

 本書の全7章は、主に三つに分けることができる。そもそも国鉄民営化を実施するという方向が固まるまで。次に民営化決定から民営化までのさまざまな勢力の綱引き。そして民営化後に、著者が参加したJR東海の経営を通じて描く、民営化の結果とその後である。

 第1章は、民営化が決まるまでの経緯をまとめている。1964年度以降赤字に陥った国鉄は、1980年代にはのっぴきならないところにまで追いつめられていた。1982年、政府の臨時要請調査会は、1987年までに分割民営化を実施するという方針を答申し、民営化に向けた動きが始まった。

 ここで著者は一つのエピソードを紹介する。

 「かつての私の上司で、その時の経理局長だった塩谷豊氏が、ある日、私を経理局長室に呼び、アドバイスしてくれたのである。彼の高校時代や大学時代の同級生が運輸省内には何人かおり、その人々を通じて、彼は運輸省国鉄部の内情に通じていた。
『運輸省は分割民営化に載る気はない。(中略)したがって君たちも先走らないほうが利口だ。国定再建監理委員会への協力などほどほどにしておいた方がよい』。」(本書p.26)

 当時の運輸省内部の雰囲気を物語るエピソードだが、注目すべきは当時、私的に受けたアドバイスを、実名をまじえて記録していることだ。

 本書にはこのような著者、あるいはその周辺しか知り得ない事柄が頻出する。明らかに当時の状況を、きちんと文章にして記録しておこうという意志をくみ取ることができる。

 同時に、本書を読み進めていくほどに、そもそもそのような「私的な事柄」をきちんと具体的に記述していかなければ、国鉄民営化のプロセスを描き得ないことも見えてくる。関係者の非公式の接触、ちょっとした会話のニュアンス、本音の探り合い、公式発表の合間で飛び交っていた非公式情報といったものが、当時マスメディアが報じていた公式情報の裏側で、国鉄民営化の形を決めていったのだ。

 物事というのは、すべからく密室で決められると言ってしまうとそれまでだ。しかし、どうも国鉄民営化に関しては、密室で吐露される関係者の情念が、表向きの計算や論理以上の意味を持ち、物事を進めていった印象を受ける。

 「六月の何日頃だったか、臨時行政改革推進審議会(行革審)の委員だった瀬島龍三氏のところへ行った。(中略)彼はその日はエレベーターのところまで送ってきてくれて『葛西君、君たちのやっていることは正しい。国家は君たちを見捨てるようなことはしないから、覚悟を決めてやりたまえ』と言った。」(本書p.33)

 「後藤田長官は中曾根総理に対し、総裁に加えて分割反対の首謀者である副総裁と労務担当常務理事を更迭すれば足りる、いたずらに数を増やしても世間の耳目を集めるだけで得るところはない、要諦のみを押さえることが得策と助言したという。

 これに対し瀬島氏は、世間の反応は三名でも七名でも大差ない、決断するなら中途半端ではなく徹底した方がよいと論じたとのことであった。(中略)後藤田氏と瀬島氏のこの意見の差は、警察官僚と陸軍参謀という、それぞれの職業気質を映しているようで興味深い。」(p.38)

「『今、最も緊急を要するのは秘書役を旧体制派に取られないことだ。運輸事務次官経験者とはいえ、新総裁には国鉄内部の生きた情報は皆無と言ってよく、誰がそばにいて解説し、取り次ぎ、日程やスケジュール管理をするかによって、仕事の進め方は大幅に変わる(中略)』

 林次長の提案に異を唱える者はいなかった。」(p.40〜41)

 随所に現れる情念の濃さが何に由来するものななのか、本書は回答を与えてはいない。淡々と著者の経験と客観的事実を組み合わせて語るだけである。

 そもそも1981年の段階で、国鉄の財政は「民間企業では倒産」というどころではない破綻状態にあった。冷静に企業経営を考えるならば、大なたを振るって組織改革を行う以外、生き延びる方法はなかった。にもかかわらず、国鉄民営化ではさまざまな反対運動が巻き起こっている。民営化反対という考えそのものが、論理ではなく多分に情念の産物であったということなのかも知れない。

 情念には、論理だけでなく、情念を持って対抗しなければならない。当然、著者ら民営化推進の陣営も情念をも駆使して反対派にぶつかっていく。国鉄民営化が決まる裏では、賛成反対両方の情念のぶつかり合いがあったということを、本書ははっきりと示している。

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