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書評

松浦 晋也氏
2007年11月22日

「国鉄改革の真実」

「国鉄改革の真実」

葛西敬之著
中央公論新社
2007年7月発行
1890円(税込み)

 1987年4月1日が、どんな日だったか覚えているだろうか。

 わたしは東京のサラリーマンだった。1987年3月31日火曜日の昼食を同僚たちと食べに行き、「そういえば今日で国鉄って終わりだったよな」と会話した。翌4月1日水曜日も同じメンバーで食事に行き(メニューまで覚えている。会社の近くの鰻屋だった)。「今日からJRなんだってね」と話をした。

 利用者の側にすれば、国鉄民営化とはその程度のことだった。3月31日と4月1日とで、毎日通勤に利用する路線の風景が変わるわけではなかった。国鉄の文字が一斉にJRに取り換えられた以外、とりたてて変化があったわけではなかった。運賃が上がったわけでも、車両が新型に替わったわけでもなかった。

 しかし、その変化のなさこそが、国鉄民営化が、とにもかくにもスムーズに行われたことの証しだった。

 本書は、国鉄民営化の裏でどのようなことが行われたかを、当時国鉄で民営化を推進した当事者の一人がまとめた本だ。著者はその後、分割で誕生したJR東海に勤務し、東海道新幹線の近代化に尽力。現在はJR東海の会長を務めている。

 本書は歴史を証言する貴重な一次資料である。と、同時に読み方がかなり難しい本でもある。

 国鉄の民営化には、さまざまに利害が対立する人々が関係した。本書で「こうだ」と描かれている事柄も、別の立場でかかわった人から見れば「いや、違う」「それは間違いだ」ということがある。本書はあくまでも、国鉄民営化を国鉄内部から推進した立場の者が、20年を経てまとめた証言であり、官庁、労働組合、政治家などの立場からは異論も出るだろう。

 しかし、そのことは本書の価値を損なうものではない。日本人は一般的に過去をきちんと記録しない傾向がある。ビジネス分野で社会的な立場にある人が回顧録を書くと、全編が通り一遍の事実関係と言葉と知人たちへのヨイショで埋まっている場合も多い。物事を進めると、軋轢(あつれき)が発生することは避けられない。しかし、多くの場合、過去の軋轢はなかったことにされる。「今、うまく回っているのだから、なにも過去のトラブルを公にしなくても」という意識が働くためだろう。

 しかし、過去にどのような軋轢が起きて、どのように推移したかという事実関係こそ、この先の行動指針となるべき貴重な情報なのだ。

 著者はJR東海の会長という要職にありつつ、当たり障りのない記述に満ちた回顧録ではなく、当事者しか知らない事実を記載し、歴史学的な検証に耐える記録をまとめた。このことは高く評価しなくてはならない。

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