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書評

科学を知ることの重要性を知る

 ニセ科学に引っかかる人は、きちんと考えた上で受け入れているわけではないのだろう。

 冒頭に出てきた教育技術法則化運動(TOSS)の「水からの伝言」による道徳授業は、数年前にはかなりの数の実践報告例がネットに掲載されていた。その後、著者や、阪大菊池教授らの活動が広まるにつれて、それらの報告例は続々削除されていった。現在、「教育技術法則化運動 水からの伝言」で検索をかけると、残骸となった実践例へのリンク集を見ることができる。

 多くの先生たちは、「水からの伝言」の内容をよく吟味することなく、「これは便利な教材が出来たものだ」と無批判に授業に用い、著者らの「水からの伝言」批判が始まると、あわててネットにアップしていた実践事例を削除したのである。

 おそらく、「これはニセ科学なんだ」と納得して削除した先生だけではなかったろう。「なんだか良く分からないけれど、大学の先生が批判しているからとりあえず引っ込めておく」という態度の先生もいたはずである。

 身の回りから、ニセ科学を遠ざけておくためには、科学的な思考を身につけて、自分で考えることが必要になる。しかし、自分で考えることができている人は少ない。多くの人々は権威に頼ることになる。権威はさまざまな形を取る。「立派な装丁の本に載っている」「テレビ番組が取り上げた、テレビで芸能人が推薦した」「新聞に載っている」などなど。かつて、「大学の先生」は非常に強力な権威だったが、今ではそうでもない。科学については素人であるはずの芸能人のほうが、ニセ科学において、より多くの人々に、より大きな影響を与える立場にある。

 しかし、芸能人もニセ科学に関しては、迷いやすい一般人に過ぎない。

 大変困ったことに、ニセ科学は明快だ。「水にありがとうと声をかける → 美しい結晶が出来る」というように。とても分かりやすい。

 さらに、ニセ科学は心地よくすらある。「わたしたちがきれいな言葉をかければ、水もそれに答えてくれるのです」というように。実にすがすがしくもシンプルだ。

 そこにはまり込んでしまえば、美しい幻想の中で生きることができる。「わたしが善意を振りまけば、世界も善意で応えてくれるのだ」というように。なんと美しい世界。

 だが、それは幻だ。信じていれば、どんなところで実生活に被害が及ぶかも分からない。きちんと医者にかかるべき病気で、「この特別な水を飲んでいれば大丈夫」などと考えていれば生命の危険にさらされる可能性すらある。

 この問題は、本当は万能ではない科学に、人々が万能を求めているという所に根源的な原因があるように思われる。科学はすべてを説明し尽くすための方法論ではあるが、すべてを説明できているわけではない。むしろ、科学は進歩するほどに分からないことは増えている。

 科学は分かっていることは明快に説明するが、それは一般世間の常識に沿っているとは限らない。相対性理論も量子力学も、それぞれの世界描像を理解しないと、その意味するところ理解できない。また、科学は分かっていないことを分かっているかのように説明することはない。

 本当の科学は、ニセ科学よりも理解するのに努力が必要で、しかもわたしたちを安心させてはくれない。それは分からないことを割り切って、明快な世界を見せてくれることはない。それこそが、科学の持つ誠実さなのである。

 本書を読み終えて強く感じるのは、正しい思考の重要性、そして正しく考えるための基礎的な科学の知識の必要性である。

 当たり前のようだが、わたしたちはまずなによりも科学を、科学の思考法を、科学の常識を学ばなければならないのだろう。遠回りのようだが、それがニセ科学につけ込む隙を与えない、一番確実な方法だ。

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