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書評

松浦 晋也氏
2007年6月15日

「水はなんにも知らないよ」

「水はなんにも知らないよ」

左巻健男著
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2007年2月発行
1050円(税込み)

 「水に『ありがとう』と書いた紙を見せて凍らせるときれいな結晶になる」という奇妙な言説を聞いたことがあるだろうか。

 「ない」という人は幸福だ。「ある」と答えつつ、すぐに「なにをバカな」と笑い飛ばした人もまた健全である。しかし「そんなこともあるかも」とか「なんとすばらしいことだ」と思った人は、奇妙な論理にとらわれてしまった人である。

 水がどのような条件で、どのような結晶を作るかは、中谷宇吉郎による記念碑的な研究により解明されている。物理的条件さえそろえれば、水がどのように結晶するかはコントロールできるのだ。そこには、「ありがとうと書いた紙を見せる」「ありがとうという念を送る」といったあいまいな条件が入る余地はない。

 ところが、この奇妙な言説はここ数年、世間に広がってしまった。

 きっかけは、江本勝という人物が出した「水からの伝言」(波動教育社刊)、「水は答えを知っている」(サンマーク出版)などの一連の書籍による。これらの書籍は「実験」と称して、水に「ありがとう」と書いた紙を見せて結晶を作成してみたり、「ありがとう」の念を水に送って結晶させるなどして、「その結果、美しい結晶が出来た」と、きれいな水の結晶の写真を掲載していた。

 これが妙な具合に受けてしまい、江本氏の本は、数十万部を売るベストセラーになってしまった。

 その結果、テレビで芸能人が紹介したり、この本に影響されたドラマが放送される事態が発生。加えて、教育技術法則化運動(TOSS)という教師の間で広まっている教材や授業を開発する運動の中で取り上げられ、「水も『ありがとう』という言葉に反応してきれいに結晶します。だからみなさんも美しい言葉遣いをしましょう」という形で道徳の授業に使われてしまった。

 どう考えても科学的な誤り、それも「水が自分の思いに反応する」というアニミズム的錯誤が教育の現場に入り込んでしまったのだ。

 この「水からの伝言」のような、一見科学のような装いをした間違った主張は、まとめてニセ科学と呼ぶ。

 教育の現場に、ニセ科学が入り込んでしまったとなると、問題は重大だ。2006年3月に開催された第61回物理学会年次大会では、ニセ科学にどう対抗するかをテーマにシンポジウムが開催された。

 インターネットでも、学習院大学の田崎晴明教授による「『水からの伝言』を信じないでください」、山形大学の天羽優子助教授による「水商売ウォッチング」(サーバーはかつて天羽助教授が在籍したお茶の水女子大のドメインにある)、大阪大学の菊池誠教授による「ニセ科学関連文書」といったページが、「水からの伝言」を信じてしまうことの危険性を警告している。最近ではこれらのページが、「水からの伝言」で検索しても上位に来るようになっている。

 本書もまた、まともなサイエンスの側からの、「水からの伝言」に代表されるニセ科学への反論である。著者は、同志社女子大学教授で科学教育を専門としている。「新しい科学の教科書」シリーズ(文一総合出版)や「現代人のための高校理科」シリーズ(講談社)などの著書もあり、理科教育の分野で積極的な活動を展開している。

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