この厚生労働省に少子化対策を期待できるのか
本書には、決して激した弾劾調の文章は出てこない。それでも行間には、政府の無策に対する著者の怒りがたぎっているのがはっきりと分かる。
海外養子の問題は、国家組織が子どもの幸福をどのように考えているかを示すリトマス試験紙であろう。本書に描かれる、あっぱれなまでの厚生労働省の無策ぶりは、そもそも同省が子どもの幸福についてなにも考えていないと断じられても仕方ない状況なのだ。
かつて本田宗一郎は、自動車の開発にあたって「故障するようなクルマを作るな」と口やかましく言ったそうだ。「我々からみれば1台の故障は多数の中の1台だが、買ったお客様にしてみればその車がすべてだ」というのがその理由だった。
確かに、日本から海外に出される養子の数は多くない。少子化が進んだとはいえ、現在の日本では年間110万人ほどの子どもが生まれている。その内の数人、あるいは数十人が海外に養子に出されたとしても、数としてはどうということはない。
しかし、養子に出された子どもにとって、自分の人生がすべてなのだ。
厚生労働省の態度は、つまるところ、かつて本田宗一郎が自動車に対して示した真剣さほどにも、子どもの幸福を大切にしていないことを意味する。同省の英語表記は Ministry of Health, Labour and Welfare だ。“Welfare(福祉)”という単語が入っていることが、悪い冗談に思えてくる。
子どもの幸福を考えない役所が、今現在、少子高齢化対策を推進している。本書を読むと、「日本の未来は暗いな」という気分になってくる。
本書の最後は、30年以上昔に、海外に養子に出された女性のエピソードで締めくくられる。彼女は優しい養親の下で成人した。結婚して自らも母になったことがきっかけになり、生みの親を捜し、ついに捜し出すことに成功する。
この、一歩間違えば、「お涙ちょうだい」になりそうなエピソードから、我々が読み取るべきは、「誰だって幸せになる権利を持っている」ということ、そして「生まれてくる子どもには、幸福になるための基盤を可能な限り与えなくてはならない」ということだろう。そして幸福の基盤には「自分が何者であるか」という自己認識が必要であり、生みの親とは子どもが最初に得るその子の基盤なのだ。
涙を流すだけでは解決しない問題を扱った、重い、とても重い本だ。すべての人に本書を読んでもらいたいと思う。
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