非常に多い知的障害を持つ受刑者
本書序章から、読者は驚愕の事実を突きつけられる。2006年1月のJR下関駅放火事件。犯人の74歳の男が逮捕されたところでマスメディアの報道は途絶えたが、実は彼は「知能指数66、精神遅滞あり」と鑑定された軽度の知的障害者で、しかも刑務所から出所したばかりだった。「食事にありつける刑務所に戻りたかった」と、彼は供述した。
「私の経験からすると、軽度の知的障害者というのは、人から言われれば身の回りのことはある程度こなせる。しかし、自分で考え、自分で進んで取りかかるということはなかなかできない。ものごとの善し悪しも、どれほど理解しているか分からない。
そんな彼ら彼女らでも、罪を犯せば、その責任を問われ、結果的に刑務所に入ることもある」(本書p.12)
このように指摘した著者は、法務省の「矯正統計年報」に記載された驚きの統計を提示する。2004年度の新受刑者のうち、約22%が知能指数69以下の知的障害者なのだ。このほか「測定不能」とされた人数を加えると、新受刑者の約3割弱が知的障害者ということになる。
その上で著者は、知的障害者が反社会的なのではなく、社会が知的障害者を犯罪の岸辺へと押しやっているのだと指摘する。
「知的障害者がその特質として犯罪を惹起しやすいのかというと、決してそうではない。知的障害と犯罪動因との医学的因果関係は一切ない。
(中略)
ただ、善悪の判断が定かでないため、たまたま反社会的な行動を起こし検挙された場合も、警察の取り調べや法廷に置いて、自分を守る言葉を口述することができない。反省の言葉も出ない。したがって司法の場での心証は至って悪く、それが酌量に対する逆インセンティブになっている。」(本書p.13)
障害者が罪を犯すと、微罪でも実刑となることが多いのだ。
著者は下関駅に放火した被告に面会し、その真意を問いただす。刑務所に戻りたかったのなら、放火ではなく、喰い逃げとか泥棒とかもっと簡単な方法があったはずではないか。
被告は言う。「だめだめ、喰い逃げとか泥棒とか、そんな悪いことはできん」。
重ねて、放火は悪いことかと問うと、彼は「悪いこと。でも火をつけると、刑務所に戻れるけん」と答えるのである。
続く第一章で扱われるのは、2001年4月に東京・浅草で発生した女子大生刺殺事件だ。犯人がレッサーパンダのぬいぐるみ帽をかぶっていたことから、マスコミが色めき立って追いかけたこの事件も、犯人は20代の知的障害者だった。知的障害者と判明した途端、メディアは沈黙した。
著者は犯人の生育歴を追っていく。見えてきたのは、家庭に恵まれず養護学校卒業後、ろくなケアもされずに、あちこちでつまずき、釘で跳ね返っては最後は一番下へと落ちていくパチンコの玉のように犯罪へと流されていった姿だった。
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