かつては存在しなかったテクノロジーに駆動される社会
だが、「充足した下層」が、社会全体にどのような影響を与えるかを考えると、そう楽観的ではいられなくなる。
様々な問題が考えられる。運動不足と偏った食生活が蔓延すれば、ただでさえ危機的状況にある健康保険財政を将来ますます圧迫することになるだろう。安価な衣服に充足するということは、衣料文化の消滅にもつながるし、添加物まみれの安価な食事に慣れるということは食文化の崩壊を意味するだろう。安い賃金に慣れた下層の親から生まれた子供が、親の生活を真似るならば、階級社会は固定化し、社会の風通しが悪くなるだろう(政治の世界では、すでに相当程度世襲化が進行している)。
そして、安価な衣食は、日本と第三世界との間に存在する経済格差を利用することによって供給されている。世界の経済情勢が変化すれば、「充足した下層」の存在基盤はあっけなく崩れるだろう。
わたしとしては、ネット上での自尊心の充足と、極端な愛国主義やカルト思想と結びつくことを恐れる。「ニッケル・アンド・ダイムド」の書評で、わたしは「自尊心を奪われ、社会から疎外されるほどに、人は自分から自尊心を奪い、疎外を進めた権力者を愛する傾向がある。」と書いた。この傾向がネットで自尊心を満足させている人々の間に入り込んだらどうなるか。
ネットの中で、ナチスの突撃隊のような連中がバーチャルな行進を行う――そんな事態は、一見滑稽だ。しかし、それが現実の社会にどう影響するかは、おそらく誰にも分からない。うまくネットが持つ自律性が働いて、「オマエモナー」と揶揄され、相対化されて静まればいいのだが、そうならないことも考え得る。ネットから始まる「日比谷焼討事件」、ネットから始まる「米騒動」といった事態だって、あるかも知れない。
わたしの考え過ぎである可能性は大きい。だが、我々がかつては存在しなかったテクノロジーによって駆動される社会に生きているということは、十分に認識しておく必要がある。この先何が起こるかは、過去の経験によっては判断できない。
社会の階層分化も、またテクノロジーとのかかわりを無視して論じることはできないのである。
本書には、上に述べたような限界も存在する。しかし、階級社会に対して、印象で語るのではなく、社会調査による数字で迫ろうとする姿勢は貴重だ。
階級社会について考えてみようという人にとって、読むべき価値を持つ一冊である。
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