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書評

松浦 晋也氏
2006年9月29日

「ニッケル・アンド・ダイムド」

「ニッケル・アンド・ダイムド」

バーバラ・エーレンライク著
曽田和子訳
東洋経済新報社
2006年8月発行
1890円(税込み)

現場労働に自尊心や尊敬はあるのか

 「職業に貴賤(きせん)なし」とはいうが、実際問題としてこの社会には、「大多数が憧れる職業」と「大多数が、できればやりたくないと考える職業」が存在する。芸能人のことを最近では「セレブ」などと呼ぶが、語源である「celebrity」は名声や名士を意味する。尊敬される人ということだ。一方で、かつての3K(きつい、汚い、危険)労働という言葉で語られたような現場作業の仕事も存在する。

 セレブにせよ、3K労働にせよ、わたしはどことなく嫌な語感を感じる。それは「職業に貴賤なし」という建前とは別の「職業に貴賤あり」という現状を示しており、同時にその現状を肯定し「自分はセレブになりたい」「自分は3K労働に従事したくない」という欲望を隠してもいないからだろう。「セレブ → 儲かる、尊敬される、いい生活ができる」、「3K労働 → 儲からない、疲れる、尊敬されない」というわけだ。

 では、この二つの間に架け橋は存在するのだろうか。

 例えば、現場労働に従事することは自尊心を持てることであろうか。「働き手がいない」という理由で毎週来るゴミ回収車が来なくなったら、我々の生活はたちまち行き詰まってしまう。その存在のクリティカルさに比例した尊敬を、現場労働は受けているのだろうか。

 一方、米国留学を志した高橋是清は、騙されて奴隷労働から第一歩を踏み出し、最後は日本の大蔵大臣にまで至った。中内功は戦後の闇市で小さな薬屋を営むところから、ダイエーを作り上げた。これらの例は現場労働に従事する者に、「ここでがんばればもっと良い生活がある」という希望を与えるものだ。

 本書は、米国随一のコラムニストである著者が、1998年から2000年にかけて、肩書きを隠して低賃金労働の現場に入り込み、実際に働き、見聞した事柄をまとめたノンフィクションだ。題名の「ニッケル・アンド・ダイムド」は、5セント硬貨(ニッケル)と、10セント硬貨(ダイム)のこと、転じて「取るに足らない」という形容であり、動詞としては「貧困に苦しむ」という意味になる。

 副題は「アメリカ下流社会の現実」。本書はいくら働いても生活が楽にならない、米国低所得者層の生活実態を、これでもかとばかりにえぐり出していく。

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