松浦 晋也氏
2006年6月22日
「カラシニコフ」
「カラシニコフII」
松本仁一著
朝日新聞社
それぞれ2004年7月16日、
2006年5月3日発行
各1,470円(税込み)
日本は、第二次世界大戦終結の直前、米国の手により2発の原子爆弾を投下された。昭和20年8月6日広島、同年8月9日長崎。様々な統計が存在するが、急性放射線障害が一応の収束を見た昭和20年末までに、広島では約14万人、長崎では約7万人が死んだという。その後も放射線障害によるがんや白血病などの被害は延々と続いた。
第二次世界大戦後、米国とソビエト連邦は冷戦に突入し、地球を何度も破壊できるほどの核兵器を備蓄した。両陣営とも核兵器の生産と運用のために莫大(ばくだい)な投資を行った。
1987年、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は、核兵器を実戦で一回も使うことなく冷戦を終結させた。人類絶滅の悪夢を振りまいた核兵器は、広島と長崎以降、現場の事故を除けば死者を生み出さなかった。
そして今、冷戦の時代から現在に至るまで、もっとも効率的に人を殺し続けたのは核兵器ではなく、たった一人の、誠実にして有能な技術者が開発した自動小銃であることが明らかになっている。その名は「AK-47」、通称「カラシニコフ」。
今回取り上げた本、「カラシニコフ」(2004年7月発行)と続編の「カラシニコフII」(2006年5月発行)は、そのカラシニコフ自動小銃が、世界のどこでどのようにして流通し、使われ、人々に何をもたらしているかを追ったルポルタージュだ。著者は朝日新聞社の編集委員で、一貫して中東・アフリカの取材を担当してきた。まさに、カラシニコフ小銃が便利な道具として使われてきた地域である。
2冊の本が、「これでもか」と描き出すのは、優秀な機械であるカラシニコフ小銃が、結局は使われなかった(将来とも、そうあることを強く望む)核兵器よりも効果的かつ徹底的に、人々の生活を破壊していく様である。
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