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花岡信昭:首相官邸は「ねんきん特別便」を見たのか

2007年12月21日 10時0分

厚生省(現在、厚生労働省)はかつて国内行政全般に通暁した旧内務省の中核部隊であった。それがいまに受け継がれ、内閣官房副長官は厚生事務次官経験者がよく起用された。それほどの伝統と権威を保っていたはずの厚生省は、なぜここまで情けない役所に成り下がってしまったのか。

年金問題が騒がれるたびに、そうした思いが強まる。年金を担当する社会保険庁は厚生省の外局である。幹部は厚生省の出向者で占められ、2年ほどで本省に戻るから、「大過なく過ごす」ことが彼らの生きる知恵となった。

社保庁の組合は自治労系が9割以上の組織率を誇り、地方の社会保険事務所の現場を仕切っていた。社保庁労使が交わした100件を超える労働協定の存在が明らかになり、いまはすべて破棄されている。端末を45分間操作したら15分休むといった常識外れの内容だったのだから、それも当然だ。

宙に浮いた年金記録5000万件は、こうした環境下で生まれた。幹部たちは出向期間を問題を起こさずに過ごせればそれでいい。一般職員はいかにずさんな仕事をしていようと、組合によって守られているから、これまた緊張感を欠いた。

およそ民間企業では考えられない社保庁の体質が「5000万件」を生んだ。長期にわたる「サボリの蓄積」の後始末に追われている現在の職員の多くは真摯にまじめに取り組んでいるのだと思いたい。しかし、どう人海戦術を使おうと、5000万件の壁はあまりに高かった。

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