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「ソニー創業者」盛田昭夫が考えたこと

2007年7月31日 16時57分

米国の雑誌TIMEは1998年、「20世紀で最も影響力のあった経済人20人」という特集を掲載した。ヘンリー・フォードやビル・ゲイツと並んで、その中にただ一人、名を連ねていた日本人が盛田昭夫である。

盟友の井深大と共に、町工場を国際的な大企業に育て上げた盛田は、独創的な発想で世間を驚かせる商品を次々に生み出す一方、国際社会に向けて日本の存在を強烈にアピールした。

「日本人は、我々の発明を使ってモノを作り、我々の市場に攻めてくる。けしからん」。欧米人はそう言うから、私はいつも反論するんです。発明とか技術だけでは、ビジネスは成り立たない。その技術を使って、どんな製品を作るか考える際に、もう一度、知恵を絞る必要がある。売り広める時にも知恵が要る。私は発明家じゃない、ビジネスマンなんです、と。

盛田は21年、名古屋市で生まれた。実家は江戸時代から続く造り酒屋。大阪帝国大学の理学部を卒業後、海軍に入り、電波を使った新兵器の開発に従事する。この時、井深大という一人の技術者と出会う。

終戦直後の46年、二人はソニーの前身である東京通信工業を設立。井深は専務、盛田は常務に就任した(初代社長は井深の義父、前田多門)。テープレコーダーの商品化などで話題を集めた東京通信工業は55年、日本初のトランジスタラジオを発表した。

この年、トランジスタラジオの試作品を持って、盛田は米国に乗り込む。ある大手メーカーが注目し、10万台の大量受注が契約寸前までこぎ着けた。ところが、問題が一つあった。相手の提案はOEM契約だったのである。盛田は独断で交渉を打ち切り、帰国してしまう。

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