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宋文洲:日本の社長はつらいよ

2007年6月7日 10時14分

社長による謝罪の記者会見がすっかり定番となりました。「申し訳ございません!」と言いながら深々と頭を下げ、この瞬間を待っていたカメラが一斉に激しく閃光を焚きます。

時折、怒鳴るような質問を記者から浴びせられる中、「謝罪会見」を行うトップたちはひたすら無表情に謝ります。まるで中国の文化大革命のやり方に見えます。

日本の社長はますますうまみがなくなりました。昔はお輿の上に座って担がれていれば済んだのですが、今はそういかなくなりました。彼らは世界の同僚と比較して最低レベルの年収をもらっているのにリスクだけが急速に増えているのです。

代表は社員の自己責任を代表できない

放送局の数万人いる社員の中に、放火犯がいました。職場を離れた後の個人犯行なのにニュースには社名ばかりが強調され、社長が謝罪することになりました。社員の個人犯罪に社長が謝罪しなければならないというならば、なぜオウム真理教の犯罪に総理大臣が謝罪しないのでしょうか。もちろん政教分離や宗教の自由の原則を鑑みると、首相が謝罪する筋合いはありませんが。

部下の不祥事や商品の不都合があると社長の給料はよく減給されます。半分にした直後に、また半分にするケースもあります。しかし、よいことがある時に社長の年収は倍になることがありません。社長は減点主義で評価される商売です。これは一見組織のトップが責任を取っているように見えますが、そこに個人の不在、責任の不在が隠れている場合が多いのです。

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