第1回
太平の眠りを覚ますYouTube
「虎の子」コンテンツは渡さないテレビ局の思惑
最大の理由は、日本の民放局は、YouTubeによって番組コンテンツが多チャンネル化してしまうと、自らの収益モデルが破壊されるのではないか――と強い危機感を抱いているからである。民放各局は人気番組コンテンツを地上波だけに絞って放送し、ケーブルテレビや衛星放送、ブロードバンド放送などの他チャンネルにいっさい展開しないことによって、巨額の収益モデルを築き上げてきた。
日本のテレビ局は過去、さまざまな場面で多チャンネル化を阻止してきたとされる。例えばTBSを辞めて「国会TV」を起こした田中良紹氏は、自著『メディア裏支配 知られざる巨大マスコミの暗闘史』(講談社)で、80年代にアメリカの電機メーカー、ゼネラル・インスツルメンツ(GI)を訪れた時のことを書いている。CS衛星放送に新規参入したGIの幹部は、田中氏に対して「アンテナは日本のアルプス電気の工場で製造する。コンテンツはハリウッドから買って来ればよい」と説明したという。放送の素材は放送局でしか作れないと思っていた田中氏は、この発言にショックを受け、「これからは誰でも放送に参入する時代がやってくる」と感じた。
ところが当時、日本の現状を調べてみると、ケーブルテレビの普及に対してNTTやNHK、新聞社、郵政省(現総務省)があの手この手で反対し、普及を遅らせようとしている実態があった。NTTは、電話の機能を持ちうるケーブルテレビに警戒し、NHKは有料テレビの普及で視聴者の間にコスト意識が芽生えることを恐れた。最も反発したのは新聞社で、前掲書の中には、郵政省OBが田中氏に語ったこんな言葉が紹介されている。
「本当は郵政省はケーブルテレビを普及させたかった。私はそういう法案を書こうとした。ところが、地方局の権益を侵すといって新聞社がつぶしにかかってきた。彼らは自民党の先生方を使ってつぶしにかかった。我々の思い通りには行かなかった。結果としてケーブルテレビを普及させなかったのは郵政省です」。
この結果、ベンチャーがケーブルテレビに参入するのは困難となり、参入できたのは商社や電機メーカーなどの大手資本か、第三セクターだけという構造となったのだという。田中氏は、この政治的決着によって、日本のテレビの多チャンネル化は進まず、テレビ局の寡占状態はその後も長く続くことになったのだと説いている。
実際、私が過去に取材したテレビ局社員の中にも、インターネットによって番組の配信チャネルが増えてしまうことに対して、拒否感を表明する人は少なくなかった。旧知の民放局編成マンは、私にこう語ったことがある。
「インターネットでテレビ番組を配信して、広告料金は折半しましょうなどと言ってくる通信企業やネット企業は少なくないんだけど、こちらから見れば、『なぜ虎の子の番組を軽々しくネットの業界に渡せるのか』という気持ちがある。民放は質の高い面白い番組を作ってきて、その番組のコンテンツこそがコアコンピタンスとなっているんだから、おいそれとそれを外に出すわけにはいかないんだよね」。
このあたりがテレビ局の本音であって、結局のところ、多チャンネル化してしまえば、「自局がチャンネルを独占している」という優位が崩壊してしまうのではないかと、内心恐れているということなのだ。
だがWeb2.0の世界が出現し、いまや動画コンテンツの世界もグローバリゼーションの中にのみ込まれつつある。日本のテレビ局だけが、孤高の王国を守るというわけにはいかなくなってきた。
すでにほころびは、いくつも見え始めている。一つは、日本のテレビ業界を震撼させた昨年の「まねきTV」事件であり、あるいはソニーが昨年、市場に投入した「VAIO Xビデオステーション」というハードウエアの出現である。これらがもたらしたインパクトと、その可能性については次回以降に詳しく紹介していきたい。

1961年、兵庫県生まれ。毎日新聞社入社後、東京本社社会部では殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。その後アスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスクを経て2003年に退職。フリージャーナリストとして主にIT分野を取材している。著書に「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた! 中小企業のWeb2.0革命」(ソフトバンク・クリエイティブ)、「ヒルズな人たち」(小学館)など。
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