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竹林篤実のうつ病ブックレビュー
うつ病治療 常識が変わる

 本書がまず指摘するのは、日本のうつ治療における薬の問題だ。日本では一人の患者に複数の抗うつ薬が処方されるケースが多い。ところが「抗うつ薬の投与は基本的に1種類というのが、国際的にも共通の大原則(本書/P2)」だという。言われてみれば確かにそのとおりで、3つ以上の薬剤を投与すると、その成分間で相互作用が起こりかねない。結果的に予期せぬ副作用が出るおそれがある。

 ところが多剤療法が主流となっている日本では、一人の患者に複数の抗うつ薬や睡眠薬、整腸剤などが大量に処方される。病状が悪化すれば、さらに薬が増やされることが多い。その結果、抗うつ薬の副作用により病状が悪化している可能性があると本書は問題提起する。

 こうした状況を改善するために紹介されているのが『減薬療法』、読んで字の如く、抗うつ薬を減らす治療法だ。といえば、矛盾を感じる方もいるかもしれない。そもそも薬は病気を治すためにのむはずのもの。にも関わらず、その薬を減らして病気が治るというのでは理屈に合わないではないか。

 けれども、10年もの間うつ病に苦しんでいた女性が、減薬により見事に病気を克服した事例が本書では紹介されている。もちろんあらゆるうつ病患者に対して、減薬療法が等しく効果があるという話ではない。この療法を行う場合には、専門医による緻密な経過観察も必要だ。しかし、長期間、抗うつ薬を多数服用しているのに一向に良くならない場合は、減薬療法を検討する価値はあるだろう。

 本書で紹介されている海外でのうつ病治療の事例も興味深い。英国で「認知行動療法を、国をあげて、抗うつ薬に変わる中心的な治療に据え(本書/P143)」成果を挙げた実例である。

 2005年、当時のトニー・ブレア首相率いる労働党のマニフェストには「2010年から11年までには、1億7000ポンド(約215億円)に予算を拡大し、うつ病や不安障害を抱える患者を、新たに90万人治療することができるようにします(本書/P150)」と記された。当選後、ブレア首相は認知行動療法を核としたうつ病治療改革を徹底し、成果を収めている。

 その頃、英国も日本同様、うつ病患者の増加に悩んでいた。うつ病患者が増えたために、国家の生産に年間120億ポンド(約1兆4800億円)もの損失を被り、さらに疾病給付金支給や所得税減少などにより年間約70億ポンド(8600億円)の国家財政負担が生じていたのだ。

 こうした状況を改善するため英政府は認知行動療法を導入し、医療費削減に取り組んだ。結果は良好である。しかも認知行動療法はうつ病の再発率を下げる効果もあった。実際、英国での寛解1年後のデータによれば、抗うつ薬のみで治療した人の再発率が44%なのに対して、抗うつ薬と認知行動療法を組み合わせると再発率は27%にまで下がっている。もちろん服用する抗うつ薬は基本的に1種類だ。

 では日本はどうなっているだろうか。臨床心理士によるカウセリングの効果は認められているものの、医療の現場で実施されることはまずない。なぜなら国家資格ではない臨床心理士が行う心理療法は、医療行為として認められない、すなわち健康保険の対象とならないのだ。認知行動療法そのものは保険収載されたが、医師が時間をとって行うとなると報酬面で割が合わない。

 さらに本書が指摘するのは、メンタルクリニック乱立の問題である。現状はうつ病治療の専門教育を受けていない医師が、経済的理由によりメンタルクリニック開業に至るケースが多い。しかも、そうした病院の多くでは患者の顔もろくに見ない診断が日常的に行われ、多剤療法が施されている。

 うつ病治療では、医者選びが決定的に重要だ。その際参考となる『医師選びの注意点5カ条』が本書には記されている。

1)薬の処方や副作用について説明しない
2)いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す(初診、あるいは最初の処方で)
3)薬がどんどん増える
4)薬について質問すると不機嫌になる
5)薬以外の対応法を知らないようだ(本書/P91)


こんな医師に当たったら、すぐさま転院を考えるべきだ。

 日本のうつ病治療の暗部をも描き出す本書は、うつ病を取り巻く現状を再確認する上で必読の書である。