その他のレビュー

竹林篤実のうつ病ブックレビュー
はじめての認知療法

 うつ病をめぐっては、さまざまな問題が錯綜している。新型うつを含む患者の急増、復職の難しさ、抗うつ薬の使い方や副作用問題に加えて、診断法に関しても完全に統一されているとは言いがたいのが実情だ。

 診断に関する問題は、客観的な基準がないことだろう。以前のブックレビュー(『うつがこの世にある理由』)で取り上げたように、うつ病診断には未だにバイオマーカーがない。糖尿病の血液検査に相当する検査法が開発されていないのだ。そのためうつ病の診断は、DSM(※1)に代表される「操作的診断基準」に基づいて行われるケースが多い。

 うつ病については、研究者が非常に少ないことも問題だ。昨年末に開催された『うつ病・認知症シンポジウム』でも、研究者を増やすことが喫緊の課題として指摘されていた。そんな中で2012年2月に発刊された本書は、まさに問題提起の書である。

 最初に著者は、自らのスタンスを明らかにする。うつ病をあくまで脳病と捉え、診断に際しては操作的診断基準を用いない。従って「診断基準は極端に狭く、またうつ病はそう簡単に増えたり減ったりするものではない(本書/13P)」と主張する。

 ここに著者の問題意識が見て取れる。簡単に増減しないはずのうつ病であるにも関わらず、厚生労働省の「患者調査データ」では、うつ病・躁うつ病の患者数は次のように急増している。

1996年10月:43万3千人
1999年10月:44万1千人
2002年10月:71万1千人
2005年10月:92万4千人
2008年10月:104万1千人

 注目すべきは1999年以降の患者数の増加ぶりだ。仮に糖尿病や心臓病の患者がこのような増え方をすれば、何かがおかしいと考えるのではないか。実際にうつで苦しむ人が増えていることを否定するわけではない。けれども、患者数増加の要因として、診断基準のあいまいさを指摘する著者の意見には耳を傾けてもよいだろう。

 うつ病を脳病と捉える筆者は、より客観的な診断基準を求めて自らのクリニックで患者の脳血流検査に取り組む。脳血流SPECT(=単光子放出断層撮影法)を使い、脳血流測定を行った結果が、本書では17の症例として紹介されている。

 もとより1クリニックでのわずか17例の検査である、その結果が統計データとして有意であるなどとは決して言えない。しかも17例のデータから導き出された結果によれば、うつ病患者の脳血流に共通の傾向が見られるわけでもない。少なくとも現時点で血流をバイオマーカーとして採用することは不可能である。

 但し、「うつ症状が悪化する場合には急激に脳血流が低下(本書/36P)」する可能性があるとは言えそうだ。そして、「それらの症状が薬物治療で治るということは、それが心因反応ではなく、純粋に脳機能の障害から生じているからなのではないでしょうか。それが証拠に、それらは脳血流の変化になって現れてきたのです(本書/37P)」との見解には説得力がある。

 うつ病診断に独自の立場をとる著者は、抗うつ薬を使った治療戦略についてもユニークな考え方を持っている。副作用の少なさで知られるSSRIやSNRIなどのいわゆる「第三世代」「第四世代」の抗うつ薬ではなく、あえて「第一世代」や「第二世代」の抗うつ薬を多用するのだ。

 第一世代のアミトリプチリンについては「最強の抗うつ薬といわれており、著者の最も信用している薬です。副作用も強いため、患者・医師の信頼関係の上に初めて処方が可能な薬剤といえます(本書/52P)」と述べている。世界で最初に作られた抗うつ薬イミプラミンを未だに使い続けるのも、副作用よりも抗うつ効果を重視するからだ。

 原点にある思いは、一人でも多くのうつ病患者を自殺から救うこと。脳病としてのうつ病に侵されている患者は、次回の診断日を待たずに死を選びかねない。それだけは絶対に避けたいとの思いが、著者を突き動かしている。

 それでも関わった17例のうち3例の患者が自殺した。救えなかった命に対する忸怩たる思いが本書を書かせたのだとすれば、そのメッセージは一読の価値があるだろう。

※DSM:
精神障害の診断と統計の手引き (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、DSM)。 精神科医が患者の精神医学的問題を診断する際の指針を示すために米国精神医学会が定めた精神疾患に関するガイドライン。世界保健機関による疾病及び関連保健問題の国際統計分類とともに、世界各国で用いられている。