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竹林篤実のうつ病ブックレビュー
ツレがうつになりまして

 ある日突然、夫がうつになってしまったら………。あなたなら、どうするだろうか。驚く、おろおろする、おびえる、中には怒り出す人もいるかもしれない。ともかく、ごく身近に暮らしていた人が、急に以前とはまったく変わってしまうのだ。何らかのショックを受けて当然だろう。

 著者の細川貂々さんも同じ経験をした。しかも細川さん夫婦の場合、夫(ツレさん)が何ごとにも前向きにがんばるタイプで、貂々さん自身は基本的に後ろ向きな性格だったという。貂々さんは、いつもツレさんに励まされ支えられていたのだ。

 その夫がうつになるということは、自分を支えていたつっかえ棒をいきなり外されるようなものだ。しかも今後は自分が夫をサポートしなければならない。もちろん、うつについての知識など何もない。

 貂々さんも最初はとまどうしかなかった。しかし、そこから先が、普通の人と少しだけ違った。「根が楽天的だった」と自ら書いているように、貂々さんは夫のうつをただ深刻に捉えるのではなく、かといって突き放したりするのではなく、ごく普通に受け止めたのだ。

 もしかしたらそれは、マンガ家としてのキャリアがあったからこそ取ることのできた反応だったのかもしれない。対象をじっくりと観察し、自分の中で咀嚼し直し、絵として表現する。このマンガ家的視点で、夫のうつと向かい合った。

 ご本人がどこまで意識的だったのかはわからない。けれども、結果的には貂々さんの客観的な対応が、ツレさんに良い影響を及ぼした。うつになった人を励ましてはいけない、とはよく言われること。貂々さんは、これを忠実に守った。そしてつかず離れず、絶妙の距離感でうつになったツレさんに寄り添った。

 身近な人、しかも一家の大黒柱がうつになれば、普通ならあわてふためいて当たり前だ。収入のことなど将来に対し悲観的になることもあるだろう。でも貂々さんは「退職金はあるし、失業保険も出る。いざとなったら、マンガを描くほかに何かバイトでもすれば、夫婦二人ぐらい何とでもなるよね」と楽観的に受け止める。

 一歩引いた視点を維持しながら、相手としっかりと向き合って受け止める。そんな貂々さんの対応が、ツレさんを少しずつではあるけれども、確実に快方に向かわせていった。少し良くなっては、揺り戻しに襲われるうつ特有のリズムに対しても「そういう人生だと思えば良いんだよ」と受け入れる。

 そんな夫と自分の日々の暮らしぶりを、少し上から俯瞰的に眺めてコミックエッセイとしてまとめたのが本書だ。その第三者性ゆえに本書は、解説にも書かれているように、従来の「うつ病本の欠点、ジレンマを一挙に解消した名作」となった。

 もとより貂々さんは、うつの専門家ではない。けれども、描かれている内容は正確であり、リアルである。しかも、読んでいて息苦しさがない。いくつものエピソードの内容そのものは、決して軽いものではない。けれども息苦しい内容が、貂々さんの飄々とした筆に描かれることで、心温まるユーモアになる。

 すらすら読み進めることができて読後感はとてもさわやか。しかも「うつ」についてしっかり学べる。身内の人間がうつになったとき、どうすればいいのかを自然に理解できる。表現形式こそコミックエッセイでありながら、本書は実に優れた実用書なのだ。

 身近にうつに悩む方がおられる方には、必読の書と言っても決して言い過ぎではない。本書を原作に2011年10月8日に公開された映画『ツレがうつになりまして』も、ぜひ併せて見られることをオススメしたい。