

その日、アメリカ・ワシントン州に住むエリック・マーティン君の「人生で最高の日」は、一本の電話から始まりました。
2010年4月29日、世界ウィッシュ・デイに設定された日の朝、エリック君に電話をかけてきたのは、なんと憧れのスパイダーマン! エリック君はシアトルを闇に落とそうと企む悪党から街と人々を救ってくれ、とスパイダーマンに頼まれたのです。
さっそく架空のヒーロー「エレクトロン・ボーイ」に変身したエリック君は、迎えに来た車を見てビックリ。それは、映画『バックトゥー・ザ・ヒューチャー』を観て以来いつか乗ってみたいと思っていたデロリアン。映画と同じようにドアがブアンと上にあがる憧れの車に乗り込んでいざ出動です。
なんたって街の一大危機。エレクトロン・ボーイが乗った車は25台の白バイにエスコートされ、一般車が締め出されたフリーウェイをひた走ります。そしてロッカールームに監禁された地元のメジャーリーグサッカーチーム「シアトル・サウンダーズ」の選手たちを助けたり、シアトルのランドマークであるスペースニードルのエレベーターに閉じ込められた人たちを救出したり、電力会社で従業員を救ったり、まさに八面六臂の大活躍!
実はこれ「メイク・ア・ウィッシュ財団」というボランティア団体による企画・演出で、300人ものボランティアが協力して実現したのでした。

メイク・ア・ウィッシュ財団は、難病とたたかっている子どもたちの夢を叶え、生きる力や病気と闘う勇気を持ってもらいたいという願いから発足された非営利団体です。発足のきっかけは、アリゾナに住む7歳の男の子クリス君だといいます。
白血病に冒されたクリス君の夢は、警察官になること。それを耳にした地元の警察官たちは、制服やヘルメットを用意してクリス君を名誉警察官に任命。彼は駐車違反を取り締まったり、ヘリコプターに乗って空からの監視をしたり。最後にはミニチュアのバイクをプレゼントされて大喜びでした。
しかし、夢が叶った5日後、クリス君は天国に旅立ってしまいました。クリス君の夢の実現に関わった人たちは、ほかにも難病のために夢を叶えることができない子どもたちがいるに違いないと思い、メイク・ア・ウィッシュ基金が誕生しました。
1980年にアメリカのアリゾナで発足したこの財団は、現在、欧米や日本など世界35カ国以上で活動し、今までじつに24万人以上の子供たちの願いを叶えてきたといいます。

13歳のエリック君は、半分しか機能しない心臓と複数の健康上の問題を抱えて産まれ、昨年は肝臓がんと診断されました。病院を行ったり来たりの生活で、食事もチューブを通してでしかできない状態。体力の消耗も激しく、1日中寝て過ごす日も少なくありません。そんな彼だからこそ、あちこちをパワフルに駆け回って悪と戦い、人々を助けるスーパーヒーローに憧れたのかもしれません。「ディズニーワールドに行きたい」「有名人に会いたい」という願う子どもが多い中、エリック君の願いは「スーパーヒーローになりたい」だったのです。
そんな彼の夢を叶えるために財団が立ち上がり、綿密かつ壮大なプランが練られました。

エリック君が扮する正義の味方エレクトロン・ボーイを始め、シアトルを闇に落とそうと企むドクター・ダークとブラックアウト・ボーイというキャラクターが作られ、それぞれのコスチュームはもちろん、エリック君の憧れの車も調達。大停電の危機が勃発せんとする地元の電力会社では、250人もの社員がスタンバイし、ヒーローの登場にやんややんやの大喝采。「エレクトロン・ボーイ、私と結婚して!」というプラカードを掲げた女性の姿もありました。
監禁されたサッカー選手たちが本物なら、エレクトロン・ボーイの車をエスコートした白バイ隊員も本物の警察官。テレビで人気の俳優が主要な役を演じたほか、総勢300名以上もの人がボランティアでエリック君の夢の実現に関わったのでした。
財団のシアトル支部にとって、これはかつてない規模のスケールだったのにもかかわらず、ほとんどが寄付やボランティアだったのでかかった費用は最小限だったといいます。

このエリック君の夢の実現は新聞やインターネットを通して瞬く間に広まりました。財団にはボランティアの問い合わせが増え、SNS「フェースブック」上でエレクトロン・ボーイのファンクラブも誕生。メンバーは1万1千人を超えました。
また、感傷を受けたコミックアーティストたちがエレクトロン・ボーイのポスターやマンガを描いて本人にプレゼントしたり、アメリカ合衆国下院からエレクトロン・ボーイあてに公式の礼状が来たり、2カ月が過ぎた今も余韻が続いています。
しかし、最も喜ばしい変化はエリック君自身にありました。
あの日以来エネルギーのレベルが劇的に上がり、母親のマーティンさんも、「こんなに元気なエリックは長い間みていないわ。人はこれをパワー・オブ・ウィッシュ(願いごとの力)と呼ぶけど、それは本当だったのね!」と驚きを隠せません。
事実、エリック君の医療チームは、体力不足のためにかつては除外せざるをえなかった治療法の導入を再検討したそうです。
スーパーヒーローになりたいという夢が叶った日、エリック君はこう言いました。
「Best day of my life!(人生で最高の日だよ!)」
そして、彼の夢の実現に携わった人たちはその言葉に喜ぶのと同時に、こう気づいたのでした。過酷な病気と勇敢に闘い、こんなにも人々の心に感動を残す君こそ、真のヒーローなんだよ、と。
メイク・ア・ウィッシュ財団 アラスカ、モンタナ、北アイダホ、ワシントン支部
http://www.northwestwishes.org
メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン http://www.mawj.org