スペシャルリポート

マチュピチュ集中豪雨 その後

「マチュピチュ遺跡で集中豪雨」「観光客2000人孤立」と大きく報道されたペルー・クスコ周辺での豪雨災害から3週間が経ちました。日本では観光客の救出にのみスポットが当てられていましたが、地元住民も洪水や土砂崩れにより被災し、観光事業にも大きな影響が出ています。現地クスコの様子をお伝えいたします。(文・写真 ペルー在住、原田慶子)

外国人観光客がいない世界遺産の街

 2010年2月4日、豪雨災害から10日ほど経過したクスコを訪れました。雨を覚悟してのクスコ入りでしたが、この日の天気は晴れ。真っ白な雲間からアンデス特有の澄み渡った青空が覗き、時折りまぶしい日差しがこぼれ落ちてきます。空港からホテルに向かうタクシーで耳にした運転手の「クスコはなんら問題ないよ」と至極明るい声に、それほど被害はないのかと一瞬安心しましたが、その後すぐ異変に気がつきました。

 まずクスコ市内の変貌ぶりに驚きました。多くの観光客で賑わっているはずの通りや広場に外国人の姿がほとんどなく、レストランや土産物屋もがらがらで活気がありません。客引きや物売りもいつもの積極性がなく、明るい笑顔もありません。何度かクスコを訪れていますが、こんなに淋しい様子は初めてでした。

 世界遺産であるクスコ市街の中心アルマス広場から、あたりの斜面に立ち並ぶ家並みを眺めると、ところどころに青いビニールシートで覆われた住宅が見えます。あのタクシー運転手は、「クスコは大丈夫だ」と自分自身を励ましたかったのでしょうか。いずれにせよ私が想像していた以上に被害は深刻なようでした。

一番の被災者はやはり地元の人々

 今回の豪雨で一番被害を受けたのが、聖なる谷と呼ばれるウルバンバ川沿いの渓谷一帯です。普段は穏やかなこの河川が1月末の豪雨で氾濫し、多くの家や畑を飲み込みました。このウルバンバ地区では川沿いの民家がいくつも倒壊しており、中には家の残骸なのか泥の山なのか見分けがつかないものもあります。建物の多くがアドベと呼ばれる日干し煉瓦造りのため水害にとても弱く、ひとたび洪水が起こると根こそぎ倒されてしまうのです。

 水に浸かってしまったトウモロコシ畑や、泥に埋もれた耕作地もありました。ブルドーザーなどの大型重機も少しは見かけましたが、ほとんどまだ手つかずといった様子。シャベルやツルハシを手にした村人の、疲れた表情が目に焼き付いています。

 日本ではヘリで救出される観光客の姿ばかりがクローズアップされましたが、地元の人々もまた深刻な被害を受けています。ペルー政府による仮設テントの設置や、米や豆などの緊急支援物資配布の他、ペルー赤十字も募金を呼びかけています。しかし、家や畑を失ってしまった彼らが元の生活に戻るのはそう容易なことではないでしょう。

観光客を呼び戻せ!クスコの取り組み

 クスコ経済を主に支えてきたのは、世界各国からやってくる外国人観光客でした。しかしその90%以上はマチュピチュ遺跡を旅の目的としている(ペルー輸出・観光振興庁調べ)ため、同遺跡への立ち入りが全面禁止になってしまった今、キャンセルが相次ぎクスコの観光業界は大打撃を被っています。被害総額は46億ソーレス(約145億円)にも達し、ホテルやレストランの休業や閉店による従業員の解雇も発生しています。クスコ経済の損失は、前述のウルバンバなど観光に依存している近隣地区にも大きな影響を及ぼします。

 そこでクスコ州知事とペルー貿易・観光大臣が、観光客を取り戻すため大々的なキャンペーンを行う旨を発表しました。2月・3月のリマ・クスコ間の航空運賃やホテル料金を値下げし、この機会にぜひクスコを訪れてもらおうというのです。このキャンペーンはまずペルー人を対象に実施、その後、近隣ラテン諸国や外国人にも適応していくとのこと。また「El Cusco que no conoses(君の知らないクスコ)」や「Cusco Divertido(楽しいクスコ)」と題したパックツアーを企画、マチュピチュ遺跡以外の見どころを積極的に紹介しています。

 マチュピチュ遺跡に頼らず、どこまで自国の魅力を海外に向けてアピールできるか。そして今まで観光物価が高すぎるとクスコを敬遠していたペルー人を、この機会に取り込むことができるのか。クスコのみならずペルー観光業全体の正念場と言えるかもしれません。


(2010年2月26日)