スペシャルリポート

世界遺産の町で暮らす人々

“忘れられた町”から“世界遺産の町”へ

 ベトナム中部の町ホイアンは、古い町並みが旅情を誘うベトナム屈指の観光地。17世紀にはヨーロッパとアジアを結ぶ交易の町として栄え、中国人街や日本人街が存在したと言われています。ところが、19世紀になって交易に使う船が帆船から蒸気船に変わると、交易の拠点はホイアンから南方に約30km離れたダナンへと移り、町は衰退していきました。

 その後、約一世紀の間、ホイアンは時代から取り残されるかのように、ひっそりと静かな時間を送りました。そんな町が注目を浴びるようになったのは、今から約20年前のこと。1985年にベトナム文化庁からベトナムの歴史を伝える貴重な町として認められたことによって、“忘れられた町”が“文化遺産の町”へと蘇ったのです。そして、1999年に「ホイアンの古い町並み」としてユネスコの世界遺産に登録されると、世界中の人々が訪れる町になりました。

ホイアンの町を修復した日本人たち

 しかしながら、町が見直されたことで、この町がやらなければならない課題が出てきました。200年以上の時を経た建物は、その趣とは裏腹に予想以上に痛んでいたのです。観光地として人を呼ぶためには、修理をしなければならない家がたくさんありました。

 歴史的な建築物を修復するには、それなりのノウハウが必要でした。ところが、当時それらの技術に精通していたベトナム人は少数。そこに助け船を出したのが、日本の大学とJICAでした。

 今から5年前、ホイアンの町の修復に携わっていた日本人に取材をする機会がありました。文化財建築の修復は、使われていた木を再利用することが理想とされます。そのためには、一度解体し、再び組み立てるという根気のいる作業が必要でした。しかし、これらの作業よりも、町の修復で最も困難だったのは、近代化に伴って便利できれいな住まいを求める住人に、古い建物を修復し、維持することの大切さを理解させることだったと言います。

世界遺産の町だからこそ、守らなければいけないこと

 世界遺産になったがために、ホイアンの町は変わることが許されなくなりました。約10年の歳月をかけて行われた修復作業も一段落し、今、この町が取り組まなければならないのは、それを維持することです。ですから、ホイアンの町にはいくつかの決まり事があります。

 たとえば、今やベトナム有数の観光地となったホイアンの町には、土産物屋や観光客相手のテーラーがたくさんありますが、それらの店は商売のためにきらびやかなネオンを輝かせることも、木の窓をサッシに変えてエアコンの効いた快適な部屋にすることもできません。

 一方で、町の景観を維持するためには、住民の意識を変えることも必要でした。以前は平気で川や道に捨てられていたゴミも、収集車が回ってくる時間に合わせて出さなければならなくなりました。日本人の感覚からすると、ごく当たり前のことのようにも思えますが、ベトナムでは大変珍しいケースです。

 また、旅行者にこの町のよさを知ってもらうには、“歩きやすくすること”も課題でした。歴史的な建物をじっくりと堪能するには、歩いて回るのが理想的だからです。しかし、今やベトナムはバイク社会。どんな小さな町を訪れてもバイクのない景色はありません。

 そこで、町では曜日や時間を区切って、バイクの通行規制するようになりました。この町で生活をする人たちにとっては不便なルールに違いありませんが、それでもきちんと守られているのは、ホイアンの人々がこの町を愛し、世界中の旅行者を歓迎してくれているからでしょう。

“生活の場”と“観光地”のほどよい折り合い

 ところで、ベトナムはお隣の中国の影響が強く、年間を通じてさまざま伝統儀式が行われます。毎月、旧暦の14日には、亡くなった先祖にお供えをする日として、家の前にはろうそくや花、お菓子、偽物のお金(これを燃やすと、あの世で先祖がお金に困らないという言い伝えがあります)などが並びます。

 その日に合わせて町では、より多くの人にホイアンの町を訪れてもらうために、「ムーンフェスティバル」と称したお祭りを開催するようになりました。この時間はバイクの通行規制に加え、町中の電気を消して、ランタンの灯火だけで過ごします。観光客を呼び寄せるためのイベントではありますが、ホイアンの古い町にはランタンがとてもよく似合い、幻想的な風景に包まれます。

 こうしたお祭りが月に一度行われるので、地元の人にしてみれば飽きそうなものと思いますが、祭り当日に別の町へ移動する予定だった私に、「今晩はムーンフェスティバスだから、絶対にいるべき!」と熱心に勧めてきます。どうやら町の人にとっても、ムーンフェスティバルは月に一度の特別な日のようです。こうしてホイアンでは、そこに暮らす人々の“生活の場”と“観光地”がほどよい折り合いをつけて、古い町並みを守っています。


(2010年2月5日)