
来島ウォータートレイルの井出建志さんは、愛媛県今治市を拠点に、シーカヤックでのツアーガイドをしています。井出さんの会社の名前「ウォータートレイル」とは、「海の上の小さな路」という意味だそう。カヤックが進んだ後には、細い筋が道のように水面に残ります。散歩に出かけるような感覚で、誰もが気軽に、海を歩く機会を提供したい。井出さんの思いがうかがえます。
今日の目的は、「海から眺める『しまなみ海道』」。本州と四国を結ぶ3番目の自動車道路「しまなみ海道」は、平成21年で開通10周年を迎えます。時速80キロで、海上数十メートルから見下ろす景色ではなく、自転車と徒歩の間くらいの速さで、水面の上50センチほどから見上げる景色。どんな旅になるだろう、とわくわくしながら、パドルの扱いを教えてもらい、カヤックに乗り込みました。
大三島の南東の浜辺を出発した2艇のカヤックは、追い風を受け、潮流に乗り、ぐいぐいと進みます。漕がずとも進むのがとても不思議。岩に根を張る木々の姿、海辺の集落と背後の緑。景色が変わり続けます。
鼻栗瀬戸に入ると、大三島橋が見えてきました。鼻栗瀬戸は、大三島と伯方島の間のせまい海峡です。二つの島を結ぶ大三島橋のたもとには、大きな岩が海中から顔を出しています。先行する井出さんのカヤックに習い、岩と島にはさまれた、さらに狭い海峡へと舳先を向け、スリリングな激流を体験。まるで川の瀬を思わせる潮の流れでした。
大三島の東岸を北上していると、コーン、コーンと音がして、海辺の造船所が目に入りました。ふだんは意識していないけれど、食べ物とか服とか身の回りのものの多くは、船で運ばれているんだよなぁ。そんな思いにふけっていると、「あそこの小さな無人島で休憩します。がんばって漕いでください」と井出さんの声。
がんばれ?漕げば進むでしょ?と思い、パドルを動かしながら造船所を見つめていると、確かに景色があまり変わりません。どうやら潮流の向きが反対になったよう。流されちゃう!と必死に漕ぎましたが、思うように進まず、大汗をかきながら無人島に到着。いやはやびっくりしました。
「潮の流れは、知ってしまえば、こわくないですよ。」
井出さんが、砂に絵を描いて説明してくれました。四国、本州。はさまれた海が瀬戸内海で、真ん中にあるのが魚島。満潮のときは、海水は四国の両側から魚島に向かって流れ、干潮のときは、魚島から四国の両側へ向かって流れる。これが基本の流れ。
潮の流れは、島に当たると、両側に分かれて島を回りこみ、島の裏側で合流する。つまり、今日、私たちは、大三島に当たって南から北へ回り込もうとする潮流に乗ってぐいぐい進み、大三島の北を回ってきた南向きの潮流に出会って押し戻されそうになり、必死に漕いだ、ということのようです。
満潮と干潮は、一日に合わせて4回。刻々と変わる潮流は、島が密集しているところでは複雑に変化します。いつどこを通ったら安全で楽チンか、この海域を知る者として水軍が通行料を取れたのは、的確な水先案内の情報と技術があればこそ。瀬戸内では、はるか昔の時代から、情報や技術に対してお金を払っていたんだなぁと実感しました。
井出さんの話を聞いていると、なんだか理科と社会の授業を受け直しているような感覚になりました。漕ぐ前に聞いても、きっと理解できなかったでしょう。でも、実際に、潮流を体で感じた後だから、すぅっと心にしみました。この学びは、忘れません。
知識とは、言葉で知るだけでなく、体験してみて初めて分かるもの。海辺に暮らし、船で旅をした100年前の日本人の多くは、こういうことを体で知っていたんだろうな。うらやましく思いました。
無人島で井出さんの淹れてくれたコーヒーのおいしかったこと! ゆっくりと時を過ごしてから、再びカヤックに乗り込みました。
実は、潮目が変わるのを待っていたとのこと。北へ戻り始めた流れに乗りながら、多々羅大橋を目指しました。大三島と生口島に架かる多々羅大橋は、世界一の吊橋。きれいな曲線もさることながら、橋脚の巨大さに圧倒された後、大三島に再上陸。
こんなにお腹がすいたのは、久しぶりな気がします。井出さんが手早く調理器具を出し、細かく刻まれたじゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉が炒められ、トマトの水煮缶とコンソメや塩で味付けて、野菜たっぷりホットスープの出来上がり! 野外で、しかも作ってもらう料理の味は格別!
温かいパンと共にいただきながら、しまなみ海道はいくつの島をつないでいるのかな?と話していると、「四国も本州も、しまなみですよ」と井出さん。あれ?と一瞬考えましたが、そういえば、そうでした。本州も四国も、大三島に比べたら、とても大きいけれど、島であることには変わりはない。
しまなみ海道は、本州という島に始まり、芸予の島々を通り、四国という島に続く。心の地図をもっとぐっと広げると、四国山地の山なみの南は太平洋、中国山地の山なみの北には日本海。本州も四国も、所詮、太平洋に浮かぶ島々の一つ。なのに、自分が「島人」という意識は、今まで、ほとんどなかったことに気づきました。
カヤックだって、島みたいなもの。今日の出発のとき、非常食として、水とナッツと飴を渡されたことを思い出しました。今、食べている昼食の調理器具も材料も、カヤックに積み込むことのできるもの。それだけあれば、生きていけるのに、たくさんの物のおかたづけに追われる毎日と比べて愕然としました(手のかかる子どもがいるせいもありますが)。本当に必要なものを自然からいただくのが、人と自然との関わり方の基本のはず。
5時間足らずの海上散歩は、瀬戸内の美しさを実感する旅であり、また、限りある資源の中で暮らし、海で他国とつながっている「島人」としての感覚を取り戻す旅となりました。この感覚を、娘にもいつか伝えたいものです。
来島ウォータートレイル HP http://kurushima.watertrail.com