スペシャルリポート

古典に親しむ中国の小学生


 「春眠不覚暁 - チュンミンブジュエシャオ!処処聞啼鳥 - チュチュウェンティニャオ!」と小学1年生の子どもが宿題で詩を覚えていました。

 教科書をのぞいてみると、唐代の詩人、孟浩然の『春暁』!日本では「春眠暁を覚えず・・・」と詠みますね。「床前月光を看る・・・」で始まる李白の『静夜思』も小学1年生で暗誦するのですから驚きです。

教科書は内容ぎっしり

 息子が学んでいたのは現地の小学校ではなく、北京の英語と中国語のバイリンガルスクール。毎日中国語の『国語』に相当する『語文』の授業がありました。教科書は北京市の公立小学校で使われているものと同じ。

 学んでいるのは華僑やアジア圏の子どもたちが多く、北京語も熱心に勉強しています。子どもたちが親や校長先生などを招いて、学習の発表をしてくれることもあります。

 社会主義国、中国の「語文』の教科書はどのようなものでしょう。1年生から1冊150ページ程度の本が上下で2冊ありますから、日本よりも内容がぎっしり。1年生の教科書には発音を表すピンインが入っています。

 このぶ厚さは、長いお話しが多いのではなく、短めの読み物がたくさん入っているのです。学習の中心になるのは、講読と本文中の漢字や四字熟語などを覚えることで、文法の説明はほとんどありません。講読文章には、現代の生活や自然、科学などを題材にしたものもあれば、外国のお話しや伝記、更に古典が加わるので実に豊富なバラエティ。もちろん中国らしく、首都北京や国旗について、過去の政治家の逸話や、多民族国家ゆえに少数民族の文化など、「愛国教育」も盛り込まれています。

1年生から古典学習

 そんな『語文』の授業で一番驚いたのが、1年生から古典学習があること。教科書には毎年4編ほどの古詩の暗誦があり、『三国志』の一節や故事成語、孔子の教えなどを読みます。小学生低学年で学ぶ古典は、一つ一つは短いポピュラーなもの。現代調に書きなおしていることもあります。

 小学生の子どもが習う漢語の詩は典型的な、1行5字あるいは7字、そして起承転結の4行スタイル。中国語で読むと、同じ詩を日本語の漢文で読むよりもずっとシンプルです。リズミカルで、中国語の抑揚にのり、歌うように胸を張って大きな声で詠んでいるのは、見ていても気持ちが良いものです。覚えた詩は時々家族の前で披露してくれます。大人の前で披露すると、とても褒めてもらえるので、本人は気持ちがいいようです。

 詩の意味は、小学生低学年ではそれほど深く学ばず、暗誦が中心。でも漢字や挿絵からだいたいの意味や風景は子どもたちも感じ取っているはず。「月を見て故郷を懐かしむ」という抒情的な表現や、雄大で四季折々の自然の美しさなど、もはや星や月もあまり見えない中国の都市部の生活環境からは想像力をかきたてられます。

 また古典のページの美しい挿絵は、子どもだけに楽しませておくのはもったいないほど。どれも中国では誰でも知っている詩ばかりですから、きっと子どもたちが大人になって改めてその意味を味わう楽しみもあるでしょう。

生活の中にも古典が密着

 祭日の行事にもなっているのは、小学3年生で暗誦する王維の『九月九日憶山東兄弟』。中国では、旧暦の9月9日になると、ご先祖様のお墓参りに出かけたり、お年寄りの長寿をお祝いします。つまり家族や先祖を想う日なのですが、人々はなぜかハイキングにも行きます。それはこの詩の内容によるもの。

 「一人遠い異郷の地におり、毎年この季節になるとますます親を思う、兄弟たちはあの高い山に登っているのだろうか、せめて一人花を挿して故郷を想う」

 故郷から遠く離れ、お墓参りに行けない人々は、高い山に登り、故郷や親族のことを思うのです。今も重陽節に大勢の人がこぞって山に登るぐらいですから、古典や古詩が中国で定着していることがよくわかりますね。

体育の時間には民族舞踊も

 中国の古典教育が充実しているのは、多くの古典作品に恵まれていることもありますが、今の中国社会では古典が日常的に使われていることや、自国の伝統文化の理解が幅広く浸透していることが理由でしょう。

 普段の会話やテレビ、ラジオだけでなく、雑誌や新聞などの文章にも故事成語や詩の一節がよく用いられます。悠久の歴史を持つ中国では、古典は必要不可欠な教養の一つであり、誇れる伝統文化でもあるのです。教室の外でも体育の時間には毎年中国の民族舞踊を習い、女の子はお碗を頭に載せて踊るパフォーマンスも。

 古典は道徳教育の教材としても使われています。王維(おうい)の詩のように、年長者や家族を重んじる思想は、経済が急成長した今の時代になっても受け継がれています。中国の人々は一般的に親族間の結びつきが強く、若者でも両親を敬っていることをよく話してくれます。街では老人の手を引いたり、腕をくんで歩く姿をよく見かけますし、地下鉄やバスでは老人へ我先に席を譲る光景も日常茶飯事です。

 日本では少し敷居の高い古典ですが、古典を学ぶ意味というのはいろいろありそうですね。李白や杜甫の詩を習った私の子どももずっと覚えていてくれるでしょうか。時々私も一緒に暗誦して復習しましょう。日本人としても中国の漢詩を覚えるのは大きな収穫ですから!


(2009年11月6日)