
伝統野菜は地域によってその定義は多少異なりますが、多くは"固定種"と呼ばれるものです。固定種の野菜は、毎年、栽培して種を収穫して、またその種をまくことで受け継がれてきました。スーパーなどで販売されているF1種(雑種第一代)の野菜に比べると病気や害虫に弱く、栽培に手間がかかって効率性は落ちますが、一つひとつに歴史や物語があり、郷土食、伝統食に欠かせないものも少なくありません。
また、「旬の時期にしか出会えないところが伝統野菜の魅力ではないでしょうか?」と話すのは、江戸東京・伝統野菜研究会の代表で、江戸東京野菜の普及に長年尽力している大竹道茂さん。形のそろった野菜を見慣れていると、「伝統野菜は不揃いで、味もえぐみがあったり、淡白だったり個性的。そこを理解して食べてほしいですね」と大竹さんは話します。
昨今の伝統野菜人気で、デパートなどでも各地の伝統野菜が手に入りやすくなっていますが、できればその土地に足を運んで、気候や風土を感じながら食べると、一段と味わい深いかもしれません。

明治33年に現在の大田区馬込で改良育成された胡瓜。大田区の馬込一帯で栽培されていて、その名前の通り、元の部分は薄い緑色ですが、先の方が白くなるのが特徴です。皮は柔らかく、ぬか漬けにしたり、生で味噌をつけて食べると美味しい。夏の暑さに弱いため、収穫されるのは7月頃まで。今は東京の国分寺市や小金井市、三鷹市などで栽培され、毎年、馬込半白節成胡瓜が出回るのを楽しみにしている人がいるほど。

ニワトリの卵ほどの小ぶりで丸い寺島茄子は、昔は寺島村と呼ばれていた東京・東向島のあたりで栽培されていました。関東大震災の後、寺島村は復興のため宅地化されたことから、寺島茄子は絶滅したと言われていましたが、農業生物資源研究所に種が保存されていたことから復活しました。皮は厚めで、油との相性がとてもよく、天ぷらや炒め物にすると果肉がとろりととけるような食感になります。

江戸時代から明治初期にかけて台東区の谷中周辺で育てられていた谷中しょうが。谷中の山から湧きだした清水が流れ込む日暮里側で栽培されていました。お彼岸の檀家回りに寺の僧侶たちが谷中しょうがを手土産にしたことから、江戸中の評判になったというエピソードもあるそうです。葉しょうがで、根が小指ほどの大きさになったら食べごろ。やわらかくて筋が少ないので、生のまま味噌をつけてかじったり、酢漬けにして食べるとおいしいでしょう。

東京もかつては静岡県や島根県に次ぐ、わさびの産地でした。現代も、脈々と受け継がれている奥多摩わさびは、江戸時代から奥多摩の山懐、渓流を利用して沢ごとに栽培され、将軍家に献上していたという歴史も残っています。粘り気があって、香りが強いという特徴があり、刺身やお茶づけに添えると風味が増して、食欲をそそります。茎にも辛みがあるので、酢漬けなどにしても楽しめます。