本誌連動企画

初夏になると蘇る、手作りウエディングの思い出

私は、長いこと、自分が結婚するときには、派手な結婚披露宴やウェディングドレスは必要ないな、と考えていました。でも式の当日、純白のウェディングドレスを身にまとった時には、何とも言えぬ幸福感に包まれました。

そして、主人の両親「パパ」「ママン」が、愛情とエネルギーをたっぷりと注いで催してくれたパーティーも、主人と私のかけがえのない思い出です。そんな、私達の手作りウエディングを、少しだけご紹介いたします。

みんなで市庁舎の前で
2003年6月21日、私たちが住んでいた市の市庁舎で結婚式。主人のおじいさん「パピー」とも旧知の副市長が式を取り仕切ってくれました。市庁舎から出てくると、参加者からライスシャワーとバラの花びらの祝福。続いて、記念撮影となりました。
メメと一緒に
私たちが大好きな「メメ」(主人の曾祖母)。亡くなったご主人との馴れ初めをロマンチックに語ってくれたこともありました。夜のパーティーでは、メメの18番、「サン・ジャンの愛する人」をアカペラで披露。当時88歳だったメメも、午前4時ごろまで、パーティーを楽しそうに眺めていました。

テント設営
式の後のパーティーは、パパママンの家の庭が会場です。式の数週間前から、準備をしました。パパが電動の機械で雑草を刈り取り、主人と私が、熊手で雑草をかき集め、ママンが庭の隅で燃やすという、連携作業でした。その後、庭の一段低くなっている部分に、友人達の宿泊施設として、キャンプ用のテントをいくつも建てていきました。
テーブルセッティング
晩餐の会場には、高さ3メートルにも及ぶテントを建て、その下に村役場から借りてきたテーブルと椅子をずらっと並べました。そのテントの前には、よくフランスの畑で干しているのを見かける藁のロールを、ベンチ代わりに置き、その脇には、半分に切ったドラム缶と鉄骨を組み合わせて作った、自家製バーベキュースタンドを設置しました。
クロカンブッシュ
パーティーの晩餐は、ママンや私の母が作った前菜の後、パパが音楽にあわせて踊りながら、次々とソーセージや肉類を焼いてくれました。「あんなに食べる花嫁は見たことがない」と、友人に言われた程、美味しく楽しい食事でした。食後、シュークリームを重ねて作ったデコレーションケーキ「クロカンブッシュ」に二人でナイフを入れ、みんなでいただきました。
二人でダンス
クロカンブッシュの後は、ダンスパーティーの始まりです。まずは新郎新婦が、慣れぬ社交ダンス風の踊りを披露。続いて、各世代が喜ぶ音楽が代わる代わる奏でられ、フランス人達は老いも若きも踊り続けます。日本から来た友人達は、ただ圧倒されるばかり。パピーが午前3時になっても元気に踊っていたのは、今でも鮮明に思い出します。
ドラジェと花かご
引き出物は、アーモンドの砂糖がけ「ドラジェ」です。ドラジェを数粒ずつレースでくるみ、結婚式の日付と、二人の名前が書かれた小さなカード、それに小さなバラをあしらいました。それを入れておくかごは、ママンが、飾りつけをしてくれました。


明け方になり、ようやくお開きとなったダンスパーティー。9時ごろに来客達は起きはじめ、昼ごろ、再び昼の宴がスタートしました。太陽がいっぱいにふりそそぐ、6月の青空の下、宴会は夕方まで続くのでした。