
このところ車を運転して移動することが多いので、ラジオをよく聴いています。毎週、同じ時間に「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)が入るのですが、なんとなく聞いているうちに、だんだん楽しみにするようになってしまいました。(「人生相談」が楽しみ、なんて、ややばばくさくてお恥ずかしい)
そうして回数を聞いていると、世の中になんと親子の葛藤の多いことか!と感心します。ラジオだからか、シニアからの相談が多いとはいえ、60代、70代の人が自分の子どもの行く末を気にしたり、子どもとの関係に悩んだりしているのを聴くと、「その歳になっても、親は親なのか」とつくづく思います。
相談内容は、結婚しない子どもを心配する親がけっこう多い。40代の息子が結婚しないことを心配する70代の母親の話なんて、他人から聴くと「いい歳をした大人だから、あなたが心配してもしょうがないのに」と気の毒になります。
さらに目立つのが、子どもが親を遠ざけているケースです。聴きながら、思わずはっとしたフレーズがありました。70代の母親が、30代の娘のことで相談してきたケースでした。
「娘は、私のことが身の毛がよだつほど嫌いなんです」
どうやら、その母親は、まだしも連絡が取れる長女とは会話があって、その長女から、疎遠になっている次女がこう言っている、と伝え聞いたようです。次女は離婚して、いまどこに住んでいるか長女に聞かなければ母親にはわからない。母親としては、嫌われているのは知っているから、せめて郵便受けに現金を入れてくるなどして、次女を援助したい。それは、していいことなのだろうか。そんな相談でした。
自分の子ども――しかも思春期ならまだしも、30代にもなった大人の娘が、「身の毛がよだつほど嫌い」と言うのです。母親自身は、自分は娘に対していろいろなことを強制してきた、と言っていましたが、そうなるまでにはどのような軋轢があったのか、想像すると胸が苦しくなるほどです。
たぶん、この母親は自分の判断を信じていて、子どもによかれと思って、いろいろと強制したのでしょう。「郵便ポストに現金を」という発想の仕方には、「娘は離婚した、かわいそうに」「困っているに違いない」「助けがほしくても、言えないに違いない」「私しか、助けられる人はいないはず」「黙ってお金を置いてくれば、きっとありがたいと思うはず」と、もろもろ自分で決めてしまっている様子がうかがえます。
これは、母親としての私の中にもある傾向です。子どもの気持ちを勝手に決めつけて、それに合わせてもろもろ手配したり配慮したりしてしまう。子どもが幼いうちは、母親の配慮も受け入れてくれるもの。でも、だんだんそれを束縛と感じ、取り込まれるような恐怖を感じ、「身の毛がよだつほど」とまでの嫌悪感につながるのでしょう。必要なところはしっかりと監督しつつ、あとは信頼して放任できるのが、きっとかしこい母なのです。
あなたは、じょうずに子どもをほっておいていますか。子どもの気持ちは子ども自身のものであり、母の気持ちは母自身のものだと、ほんとうに理解しているでしょうか。
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