安倍政権の看板政策の1つともなっている働き方改革。日経BP総研フォーラムの「働き方改革」セッションでは、改革を成功に導く要件について議論が進められた。はじめに青山学院大学経営学部教授の山本寛氏が講演。改革の目的の1つである生産性向上を実現するには、「働きやすさ」だけでなく「働きがい」が必要であることを指摘。続いて日経BP総研 イノベーションICT研究所長の桔梗原富夫が、改革を成功させた企業の共通項を示した。併せて、日経BP総研 マーケティング戦略研究所長の麓幸子が、日経BP総研が立ち上げる「働き方改革フォーラム」の概要を紹介した。

 「働き方改革」セッションでは、まず、青山学院大学経営学部教授の山本寛氏が、「働き方と事業拡大をどう両立する?~『働き方改革』成功のセオリーをご紹介~」と題して講演を行った。

「エンゲージメント」が企業業績に影響する

 働き方改革の狙いは、女性も男性も、高齢者も若者も、障がいや難病を持つ人も、一人ひとりのニーズに合った納得のいく働き方を実現することにある。一方で、労働生産性改善の最良の手段になるという位置づけもなされている。

青山学院大学経営学部教授の山本寛氏

 山本氏は「労働生産性改善のためには、長時間労働の是正など『働きやすさ』を追求すると同時に、『働きがい』の向上が不可欠」と説明。働きやすさに偏りがちな働き方改革の議論において、働きがい向上の議論を深める重要性を指摘した。

 働きがいとは、「働いた結果、意味が見出せること」と定義づけられる。個人の視点で見れば、「働きがいを感じている状態」とは「ワーク・モチベーションやエンゲージメントが高い状態」であり、仕事の観点で考えれば、「働きがいを感じる仕事」とは「チャレンジングでワクワク感や成長を感じられる仕事」と捉えることができる。

 エンゲージメントには色々な定義があるが、山本氏は「従業員一人ひとりが会社の成長と自身の成長を結びつけ、会社が実現しようとしている戦略・目標に向かって、自らの力を発揮しようとする自発的な意欲」と説明。ある調査で、エンゲージメント指数上位25%の事業所は下位25%の事業所より利益率が1~4%高く、月間収入(売り上げ)が8万~12万ドル高かったことを紹介し、エンゲージメントが企業の業績や生産性に影響することを指摘した。

 エンゲージメントが高い、すなわち「熱意あふれる」社員の比率は、米国企業では全体の32%を占めるのに対し、日本企業ではわずか6%にとどまり、逆にエンゲージメントが低い、「やる気のない」社員は69%もいるという調査結果を引用し、日本では働き方改革を支えるはずの働きがいが低いことを説明した。

新たな工夫で働きがいを刺激

  一方の仕事内容については、以前から労働の人間化、職務の拡大などで働きがいを感じる仕事内容に変えていくべきとの議論が行われてきたが、どんな仕事も3年ほどで習得可能で、その後はマンネリ化が生じるため、働きがいを感じ続けるのは簡単ではないという。海外の調査では、性別や年齢、勤続年数などの個人属性や学歴、企業規模などの違いで働きがいの感じ方に差は出ないことが明らかになっている。これは、どんな人も仕事上で停滞に陥る危険性があることを意味する。

 では、こうした働きがいがない状態をどう改革すべきか。山本氏はエンゲージメント向上に向けた組織の取り組みの国際比較を示し、経営陣のリーダーシップを重視する他国と異なり、日本では、権限委譲やワークライフバランス、企業全体の目標、コミュニケーション、報酬が働きがいと強く関係していることを明らかにした(図1)。

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エンゲージメント向上に向けた組織の取り組みの国際比較

 また、仕事の停滞は、能力開発のサポート、メンタリング実施、ジョブ・ローテーションや社内人材公募制度の導入などで打破できるとした。社員が新興国で社会課題を見つけ、本業のスキルで解決に挑む「留職」プログラムの導入や使途に制限のない長期休暇、副業解禁なども効果があると指摘した。

 山本氏は「社員のエンゲージメントを向上し、仕事の停滞を脱却するには、組織や上司が社員を飽きさせないよう、次々と新しい工夫を取り入れて刺激していく必要がある」と結論づけた。

ITによる「見える化」が成功の第1歩

日経BP総研 イノベーションICT研究所長 桔梗原富夫

 続いて日経BP総研 イノベーションICT研究所長の桔梗原富夫は、これまでの取材から働き方改革を成功させた先進企業の共通項を示した。ポイントは4つあるという。第1にしっかりとしたビジョンを持っていること、第2にスマホ、タブレット、Web会議システム、チャットツール、クラウドサービスなどITツールをうまく利用していること、第3に制度や組織を整備していること、第4にオフィスファシリティを充実させていることである。

 桔梗原は「ITで職場や社員を『見える化』するのが成功の第1歩。そこで明らかになった課題を改善していく。一気にやろうとせず、先行部署で一定の効果を出し、成功体験を積み重ね、大きくしていくのがコツ。最終的にトップがコミットして全社展開し、改革を浸透させる と成功への道筋を説明する。

 一方、失敗例の中で多いのは、形だけの働き方改革を進めるケースだという。現場にしわ寄せが来て改革が有名無実化してしまう。社員が離職し、採用しようにも学生が集まらず、疲弊の悪循環に陥ってしまう(図2)。

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働き方改革成功と失敗の分かれ道 (出典:日経コンピュータ)

 働き方改革の成功企業例として桔梗原が取り上げたのが、「場所に縛られない」「残業半減」などの目標を掲げ、本社の調達本部を皮切りに改革を実施していった日本航空だ。日航は社員にノートパソコンを配布し、社外からも社内と同じようにシステムを使える機能を取り入れたほか、業務用にiPhoneを導入。内線代わりに社員同士が連絡できるようにした。2015年にフリーアドレス制を導入する際には同時にペーパーレス化も推進。業務で使う書類をファイルサーバーに集めてアクセスできるようにした。同じく2015年から月1回の在宅勤務を義務化。こうした取り組みを徐々に他の部門にも広げることで全社的な働き方改革を成功に導いた。

 桔梗原はさらに、パソコンの操作を自動実行するソフトウエアで最近注目を集めているRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)についても説明を加えた。RPAは請求書の入力業務や競合製品の価格情報調査など、大量の作業や反復する作業に向く。「働き方改革推進のエンジンとして注目し得るツール」と評価した。

フォーラム立ち上げ、働きがいを創出し持続的成長を実現へ

 最後に、日経BP総研 マーケティング戦略研究所長の麓幸子は、日経BP総研が11月に立ち上げた「働き方改革フォーラム」の概要を紹介した。

日経BP総研 マーケティング戦略研究所長 麓幸子

 生産年齢人口が減少し、育児、介護など多様な事情を抱える従業員が拡大する中、従来のような長時間労働前提の勤務体系を続けていくことは不可能となっている。働き方改革フォーラムは「現状把握・課題抽出」「経営リスク回避」「ベストプラクティス取得」「ナレッジデータベース&ネットワーク」「行動計画PDCAサイクル構築」「エンゲージメント強化」という6つの軸で、企業の成長に結びつく働き方改革の実現を目指す(図3)。

 会員企業に対しては、まず独自開発の「働く方改革自己診断プログラム」と「従業員意識調査」を実施。働き方改革にまつわる制度や施策が十分か否か、従業員の意識に問題はないかなどを確認し、企業の現状把握・課題抽出を行う。

 月に1回開く「先進事例研究会」では、働き方改革に成功し、収益を伸ばしたカルビー、RPA導入で成功したSCSKなど先進企業の経営者らが成功に至るまでの過程、戦略、アイデアなどを語る。米グーグル、マイクロソフトなどグローバル企業がいかに働き方改革を企業の成長に結びつけているかという情報も提供する。会員企業に各社の成功、失敗のプロセスを学んでもらい、自社に合う解決策を見出してもらおうという狙いだ。

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 自己診断プログラムの結果は総合的に分析し、最適なKPIの設定とKPI達成のための行動計画の策定につなげる。PDCAサイクルを継続・定着させることで企業風土改革やエンゲージメント強化を促進。1年間のプログラムを通して働きがいを創出し、企業の持続的成長の実現を支援していくという。