石井 りな
精神科専門医、産業医/フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所、(株)プロヘルス代表

 先日、子供が通う学校の保健便りで「自己管理能力」の記載に目がとまりました。自己管理能力とは、「健康管理」にとどまらず、「安全管理」「ストレス管理」「時間管理」を自らできる能力を意味します。単に「病気をしない」「ケガをしない」など目先の目標ではなく、子供たちが未来を力強く生き抜いていくことを目標に、その先の将来(大人の社会生活)を見据えた「自己管理能力」を育むという内容でした。

 本来であれば、幼少期から成人するまでの過程で、家庭や学校生活を通じて身につけていてほしい自己管理能力。そんな便りを読みながら、私自身も含めて、最近の大人はどうだろう?とふり返る機会になりました。

 皆さんの職場では、従業員おのおのの「自己管理能力」はいかがでしょうか? 産業医として面談を行うなかでは、労働者自身の自己管理能力が低下しているように感じることが少なくありません。

 例えば、休職判定の場面で休職に至る経緯について尋ねると
「上司の言葉がきついから」
「主治医に休めと言われたから」
「会社が休めと言ったから」
「自分の体調? よく分からない……」
といった回答や、復職判定の場面でも、復職の意思について尋ねると
「主治医が復職してよいと言ったから」
「会社にそろそろ復職してはどうかと言われたから」
「自分の回復度合い? よく分からない……」
などの回答が聞かれることがあります。

 そして、このような回答をするケースでは、環境要因や対人関係をきっかけに容易に体調を崩し、再休職する傾向にあります。原因がはっきりしない身体愁訴(不調)やメンタル疾患は、自分で評価し管理しづらい部分があるのは確かですし、専門家の意見や会社の指示に従うこともひとつの適切な対応です。しかし、自分自身のことなのに他者や専門家任せで、どこか人ごとのような態度は、自分の体調や心の変化を自らの取り組みで「コントロールしよう」とする姿勢が乏しいといわざるを得ないのです。

 インフルエンザなどの感染症にかかった際も、自己管理能力が浮き彫りになります。熱があるのに休まず出社している、休んだ後の出社時期に関するルールは学校保健法を参考にするなど各職場によって異なりますが、まだ明らかに十分に回復していないにもかかわらず出社し、社内で感染を拡大させているケースが毎年見られます。

 ほかには、向精神薬を服用中にもかかわらず、職場の飲み会で飲酒をしているケース。疲労が蓄積しているにもかかわらず、仕事を抱え込み、出社できなくなるほど体調が悪化して初めて事例化するケース、健診で所見有りと指摘されているにもかかわらず、二次検査の受診をせずに長年放置しているケースなど、枚挙にいとまがない状況です。

 職場には安全配慮義務がありますし、本人だけの責任ではありませんが、自己管理能力が備わっていてそれをうまく活用できれば、発病や病気の悪化を自分で防ぐことができる可能性が高まります。あらゆる場面でもしなやかに、そして力強く生き抜くことができるのではないでしょうか。

 自分の健康を自分で守ることを労働衛生の分野では「自己保健義務」とも表現します。自分をコントロールする力は、人生を豊かに生きるうえで、あらゆる場面で必要とされる大切な能力です。特に「健康」「安全」「ストレス」「時間」を管理する能力は、ビジネスシーンにおいても重要な要素です。忙しいのに活気があって、健康的で、仕事のできるビジネスパーソンは、「健康」「安全」「ストレス」「時間」を管理できている人です。

 今、うまく管理できていないからといって、もう遅いということではありません。大人になってからでも、気づいて意識を向け、行動を変化させていくことで身につけられる能力だと私は考えます。実際に休職復職を経て、自己管理能力の大切さに気づき、自己コントロールをしながら再発なく就労できている方にもたくさんお目にかかってきています。

 私も、目先の配慮だけでなく、長期的に従業員の方々が自己管理能力を高めていく視点で、産業医として関わっていきたいと思っています。

石井 りな(いしい・りな) 精神科専門医、産業医 / フェミナス産業医事務所、(株)プロヘルス代表
石井 りな

 千葉大学医学部卒。総合病院にて研修後、精神科病院や精神科クリニックに勤務。並行してうつ病リワーク施設や企業向けメンタルヘルス支援機関を経験。精神分析・力動的精神療法、認知行動療法などの精神療法も学ぶ。診療や企業での経験を通じて、従業員の健康対策は企業の生産性を高めるうえで必要不可欠だと確信。「健やかに活き活きと仕事に挑戦し続けられる社会」を目指し、精神科産業医の立場から企業を支援したいと思い、女性医師を中心にフェミナス産業医事務所を設立。現在、多くの企業で産業医として活動する傍ら、大学で費用対効果の高いメンタルヘルス対策についての研究も行っている。
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フェミナス産業医事務所

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。