他方、働く人の立場からも可能な努力はあります。対人関係やコミュニケーションを要因とする、安易な配置転換はかえって本人の長期的な可能性を奪ってしまうことも。日々、職場で様々な壁にぶつかった相談者と面談を重ねていますが、人との関係で困難にぶつかった時、異動や配置転換が解決策として、早い段階で頭に過ぎるようになると、なかなかそれ以上のアイデアや工夫が出にくくなります。

 周囲の力で環境や状況を変えてもらう前に、自分でできる工夫や対処は他にないのか? いまいちど考える機会を持てるよう支援しています。生活スタイルを見直すことや、自身の作業方法を見直すこと、考え方が極端になっていないか? など振り返るだけでも、できることがいくつか見えてくるものです。

 その結果、自分の力で「なんとか危機を脱することができた!」という経験につなげてほしいのです。「成功体験」までいかなくとも「なんとかなった」という経験が、次の困難にも柔軟に対応する力になり、ストレス耐性が上がっていきます。

 いくら自助努力といっても、「発達障害」など生来の特性から、自身の工夫だけでは難しいケースもあります。本人も職場も双方が快適なコミュニケーションをとれるような環境を探り、なじめるように職場にも実現可能な範囲で協力してもらいます。

 私たち産業医は、面接者の希望を会社に伝えるだけの伝言役ではないと同時に、会社に雇われた退職勧奨請負人でもありません。働く人と職場をつなぐ架け橋でありたいと思います。時に、産業医の意見が働く本人にとって厳しく感じられることがあるかもしれません。しかし、それは決して会社の意向を受けて行っているわけではなく、困難にもしなやかに対応しながら長期的に働ける力を養うことを願ってのことです。

 産業医面談は限られた時間ではありますが、本人の適応力を一緒に考えながら高めていく良い機会にしていきましょう。

共同執筆者:石井 聡=フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所
九段下駅前ココクリニック 院長
石井 りな(いしい・りな) 精神科専門医、産業医 / フェミナス産業医事務所、(株)プロヘルス代表
石井 りな

 千葉大学医学部卒。総合病院にて研修後、精神科病院や精神科クリニックに勤務。並行してうつ病リワーク施設や企業向けメンタルヘルス支援機関を経験。精神分析・力動的精神療法、認知行動療法などの精神療法も学ぶ。診療や企業での経験を通じて、従業員の健康対策は企業の生産性を高めるうえで必要不可欠だと確信。「健やかに活き活きと仕事に挑戦し続けられる社会」を目指し、精神科産業医の立場から企業を支援したいと思い、女性医師を中心にフェミナス産業医事務所を設立。現在、多くの企業で産業医として活動する傍ら、大学で費用対効果の高いメンタルヘルス対策についての研究も行っている。
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※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。