ある地方都市の不動産会社で、大卒後ずっと営業の仕事に携わってきた40代の男性がいます。仮にA氏としましょう。

 A氏は、主にオフィスビルやマンションなど大物不動産物件の売買を担当し、その誠実な仕事ぶりで地域の企業や個人投資家から信頼を得ていました。新たに物件を探している人がいれば、「Aさんに相談したらいいよ」と紹介してくれるお得意さんを何人も持っていました。営業という仕事は大変なところはあるものの、売買が成立し売り主・買い主双方から感謝されることが、A氏の大きな喜びになっていました。

 しかし、ここ数年、市場に変化が起き、A氏は「このまま、この仕事を続けていけるだろうか」と悩んでいます。

 A氏が担当してきた地域は、新幹線の駅も通っており、不動産の評価額は決して安くありません。そのため、節税の意味も含めアパート経営を行う地主が古くからいました。A氏も、そうした案件を扱うことがありましたが、あくまで需要と供給のバランスが取れる範囲でのことです。

 ところが、2015年の相続税改正を機に様相が一変しました。大手ハウスメーカーの営業マンから「このままでは相続税が大変です。アパートを建てれば土地の評価額が下げられ、家賃も入るので一石二鳥です」とすすめられ、賃貸経営のノウハウも持たないままに銀行から借金をしてアパートを建てる人が続出したのです。なかには、何度も営業に来られるうちに押し切られてしまった高齢者もいました。

 結果的に、近隣に似たような物件が林立し、明らかな供給過剰に陥って、空室が半分を超えるような物件も出てきました。そのため、予定していた家賃が入らずローン返済ができなくなり土地ごと手放す人も後を絶たず、また、空室を埋めるために値下げ競争が起き、市場がひどく荒れていきました。

 もっとも、ハウスメーカーは建築による儲けを得ることが目的なので、そんなことはどうでもいいわけです。ただ、A氏は、自分が関わった物件もその余波を受け、顧客が損害を被るのを目の当たりにして苦しんでいるのです。

 さて、私はハウスメーカーの営業スタイルを批判するつもりは毛頭ありません。それに、A氏とハウスメーカーの営業マン、どちらが正しいというものでもありません。いずれも、自分の仕事を一生懸命にこなしているにすぎません。

 しかし、これからの時代、「とにかく契約を取れば高い報酬を与える」というやり方では、営業職のなり手が不足することは間違いないでしょう。