コダックが倒産して、富士フイルムが生き残った理由とは

細川:コダックが倒産して、なぜ富士フイルムが生き残ったと思われますか。

吉沢:ひとつはTACフィルムがあったことですね。もとはカラーフィルムのベースと一緒なんです。難しかったのは、品質保証ですね。TACフィルムだと大型テレビの面積のものを欠点なしでやらなければなりませんでした。「ものづくり」を、品質保証を含めて徹底的にやるかどうか、というところに違いがあったんではないでしょうか。

デジタル対応にしてもコダックは「ものづくり」を台湾や中国のメーカーを使ってやっていました。富士フイルムは儲かりはしませんでしたが、デジカメにしてもレンズなども自前でやろうとしていました。レンズ技術は、内視鏡や複写機のレンズでも生きてくるわけで、選別して自分でやる技術はここだというところは、富士フイルムは比較的正しく判断していたんじゃないかなと思いますね。デジカメが儲からなくなってしまうと、その技術を使って他に転用することができず、コダックは、事業をやめるしかなくなってしまったわけです。

細川:日経ビジネスの記事に、コダックは150年の歴史に幕を閉じ、富士フイルムは変革したが、コダックは経営が悪くなった時にCEOがよく代わり、富士フイルムは2代にわたる長期政権だったと書かれていました。

吉沢:短期の業績だけ追い求めてやろうとすると、2〜3年は持ちますが、新しい製品や中長期的な技術の開発によって出てくるものがなかったら、追いつけないし追いつかれますから。そういうところは違ったと思います。富士フイルムは赤字になった年も、グループ全体で2,000億円近い研究開発費は使ってきていますから。

細川:技術を自前で開発してきたことが大きいんですね。

吉沢:全全部を自前でやるのがいいとは限りませんが、競争力としてブラックボックスにして、ノウハウを外に出さないようにしてやろうとすると、ある程度自前で技術をキープしておかないといけないと思います。

富士フイルムもエンジニアが買収した医薬の会社に飛んでいって、非常に難しい再生医療の生産工程を勉強をしながら、やれるようになってきたんです。社員が変わろうとしたということです。それが日本の製造の強みじゃないでしょうか。

細川:蓄積したリソースがすごいんですね。

吉沢:古森のリーダーシップがなければ全くダメだったのですが、小さなエンジンが一つ一つしっかり働いて、前へ前へ行けたんじゃないかと思います。

細川:リーダーがいなければ、リソースを使いきれないですもんね。

吉沢:リーダーの戦略の正しさと、リーダーシップ。社員ひとりひとりが、それぞれ力を出して変えよう、頑張ろうとするスキルとマインドが機能したとき、会社は大きく前進できるのでしょう。

細川 馨(ほそかわ・かおる) ビジネスコーチ(株) 代表取締役
細川 馨

 ビジネスコーチ(株)代表取締役。外資系生命保険会社に入社し、支社長、支社開発室長などを経て、2003年にプロコーチとして独立。2005年にビジネスコーチを設立。ビジネスリーダー育成のスクールを主宰。著書に『「右腕」を育てる実践コーチング』(日本経済新聞出版社)『生保最強営業マンの実践コーチング塾』(日経BP社)など。

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。