残業できることが、自分の働く能力の一部だと思ってきた人たち

 「時短で働くワーキングマザーの仕事が周りにしわ寄せされて、彼女たちのせいで残業することになっている」。数年前まで、そういった不平を言う独身女性たちの声がいろいろな会社で上がりました。これは残業できるということが、自分の働く能力の一部であると考えられていたからです。

 しかし、今は、すべての人が時間内で働くことを求められる時代です。残業ができるかどうかではなく、限られた時間で自分がどのように働いて結果を出すかが評価の対象。その中では、残業している人の方が問題視されています。

 今まで残業しながら働いていた人たちの中には、もちろん過重労働によって、残業を強いられていた人たちがたくさんいます。その人たちにとっては、今回の「働き方改革」は、まさに天の救いのはずです。しかし、残業が自分の働く能力の一部だと思い込んで働いていた人たちも多い。実は過重労働で悩んでいる人以上に多いと私は感じます。長時間労働を文句も言わずに続けられることが自分の能力の売りだと思ってきた人たちです。こういう人たちにとって、「働き方改革」は自分の能力の否定となります。

 つまり、昭和の働き方、「滅私奉公の兵隊さん」として働いてきた人たちにとっては長時間等同こそが美徳です。2000年の時点で働き始めている人は、時代背景と昭和な組織風土の中で、この働き方が正しいと思い込まされています。40歳以上がこの世代にあたりますが、40代前半の既婚で子供がいる男性・女性は、この思い込みから解かれている人が多いと感じます。結婚の晩婚化とともに子育て時期が後ろにずれて、40代は子育て真っただ中。仕事中心の人生を送ることが無理となり、子育てという時間制限の枠の中で働くことを余儀なくされています。彼らにとっても、働き方改革は、大歓迎です。

仕事の場でしか、自分の存在意義を確認できる場所がない人たち

 しかし、兵隊さん世代でなくても、ピンとこない人たちもいます。会社以外で自分の存在価値を確認できるも場所なく、働き方改革に抵抗感を持っている人たちです。

 今、子育て中の人たちは、家庭の中で父親、母親という大事な役割を背負います。子供から必要な存在として求められ続けます。父親、母親の役割は、誰かに変わってもらうことも、休日もありません。仕事以外で自分が必要とされる役割があるかどうか? これが重要なポイントです。

 ワーカーホリック気味な30代・40代の独身女性に、「仕事以外であなたが自分自身の価値を確認できる場所はある?」と聞くと顔が曇ります。趣味の仲間などの話は出てきても、そこに絶対に自分が必要とされているという実感はないと言います。その結果、自分が必要とされる会社という場が、自分にとって一番大事な場所となり、いつの間にか、長時間労働をしています。これは、実は会社に精神的に大きく依存していくことになります。

 「私は仕事が好きなんです。週に1回は一斉退社日とか決められたって、特にやることもないし。仕方がないから、何か習い事でもしようかな」

 これは、独身の男性・女性、既婚でも子供がいない男性と女性から時々聞く言葉です。仕事が好きということはいいことのように思いますが、会社の仕事しかない人生というのは、実は非常に問題です。

 今は変化の時代です。もし会社の体制が大きく変わったり、不本意な人事異動でもあったりしたら、人生のすべてが壊れるような感覚を味わうことになります。実際、私の周りには、人事異動や役職定年で「会社のために命をささげて働いてきたのに、裏切られた」と大きなショックを受けて、精神的に参ってしまった50歳前後の独身女性がたくさんいます。