日本の高度成長を支えた「昭和の企業戦士」の方々が60歳を超えて定年を迎えるようになりました。今、企業内の最大のボリュームゾーンといえば「バブル世代」です。

 バブル景気(1986年代後半から1991年代初頭頃)による新卒採用の売り手市場時代に入社した世代。大卒者なら1965年4月2日から1970年4月1日生まれ前後、46~53歳くらいのまさにアラフィフ世代です。私は彼らよりも5年ほど先に社会に出て、20代後半でバブル景気を体験していますので、バブル体験世代といえます。

 このバブル体験世代が会社にあふれています。しかも組織の上層部にたまっている。この状態が、働き方改革時代の組織風土改革において、大問題になりつつあります。それを私は「バブル世代の危機」として、この春から「人事実務(産労総合研究所)」で連載も始めました。あえて「危機」という過激な言葉を使っているのは、危機感を持ってほしいこと、その危機に気づかなければとんでもないことが起きることを知らせるためです。

20代でバブルを経験したゆえに、植え付けられてしまった人生観

「まぁ、いいか、」 「その時になれば、なんとかなるでしょう」
「人生は、今この瞬間を楽しまなくちゃ」
「お金は天下の回り物、使えば使うほど戻ってくるはず」
「ムリムリ、これ以上努力しても大変だから、あきらめよう」
「それは今考えるのはやめて、後まわしにしよう」

 私の周りにいるバブル体験世代の口癖です。バブル時代そのままの人生観を垣間見ます。

 子どもの成長にとって、小学生時代の体験というものはとても重要です。それがその後の成長に大きく影響することはいうまでもありません。会社に入社したての20代は社会人生活においての小学生と同じです。20代での体験が、その後30~40年働くうえでの人生観のベースを形成するといっていいでしょう。

 日本の高度成長期に企業戦士として頑張った昭和世代の場合は、幼少期はまだ、日本は豊かではありませんでした。会社に入社した20代には、滅私奉公で会社に忠誠を尽くすことで、会社も自分自身もともに豊かになっていくことを実感したことでしょう。だから彼らは企業戦士として最後まで走り続けたのだと思います。

 高度経済成長の最後の花火ともいえる時です。多くの会社が業績と利益を上げ続けるなかで、会社の戦力には到底なっていない20代の社員にも信じられない額のボーナスが支給されました。会社が接待費とタクシーチケットを大盤振る舞いするなど、湯水のように会社のお金を使うことのできた、あぶくの夢のような時代。まさにバブル時代です。新車が売れまくり、土地が高騰する期待から資産価値として有利だと、高額マンションをローンで購入する人がたくさんいました。

 東京の街は不夜城で、ディスコ全盛期時代です。給料よりも株の運用で大金を手にする男性たち。女性はボーイフレンドから高額のジュエリープレゼントをもらうのが当たり前で、「メッシー」「アッシー」などという言葉が飛び交っていました。今、思い出せば、日本中がお祭り騒ぎの時代だったような気がします。私は東京の港区に住み働いていたので、そのお祭りの中心にいたかもしれません。

 しかし、バブルははじけました。株が暴落、不動産の資産価値も半減どころではなく値下がりし、経済が大混乱しました。この大混乱でダメージを受けた人たちは誰か……。実は当時30~40代の人たちです。家を買って高額ローンを組んでしまった世代です。20代だった人たちはどうかといえば、もちろんボーナスは突然出なくなったかもしれませんが、直接的にはダメージを受けてはいません。つまり、バブルが終わったのは残念だけど、バブル崩壊でのダメージをあまり受けていない。それがバブル体験世代です。