では企画にあたってはどのような目標が必要なのか。

 それは受講対象者が実務上直面している問題、その背景にあるビジネス環境の変化を注意深く把握すること。そして、問題に立ち向かうために習得しなくてはならないスキルを見極めることに集約される。

 当たり前ではないか? いや、実はそうではないのである。研修という解決策を追求するのであれば直面する問題とスキルギャップを精査した上で、研修目標、内容、実施プロセス、実施方法を深掘りし、真剣に討議する。このことが何よりも大切なのであるが、前述の企業の制約からしてここに手が回らないか、手を抜くケースが実に多いのだ。

 よくある「他流試合」がよい例だ。他流試合が成長につながるであろうと、“外を見てこい!”とはっぱをかけ、“かわいい子には旅をさせよ”との発想から選抜者を1日、2日の公開研修に頻繁に参加させる経営幹部がいる。

 他流試合とはいろいろな企業の参加者に混ざり刺激を受けてこいという意味だが、参加後の感想はおおよそ見当がつく。

 「とても刺激を受けました。いろいろな企業の方と接し、自分たちがまだまだであることが実感できました」

 「他社の事例がとても刺激的でした。とても参考になりました」

 「当社はまだまだ変化への対応ができていないことが実感できました。今後の取り組みに活かしたいと思います」

 「自分のスキルがまだまだであることを感じました。継続してスキルアップをしなくてはと実感しました」

 「刺激」、「まだまだ」、「実感」、「今後の参考に」という言葉が見事に並ぶ。つまり、1日や2日の他流試合に参加しても、“外的刺激”によって“まだまだ感覚”が意識レベルに浮上しただけの限定的なイベントにしかならないということだ。

 他流試合参加者が、数カ月の後に、発言と行動が変化したであろうか。少ないか、ほとんどないであろう。“まだまだ感覚”と、他流試合で個人的にフェイスブックの友達が増えた2つが、その後の発言や行動の変化=成長をもたらすことは期待薄なのである(断っておくが、他流試合はあくまでも1日、2日の講座を指している点を了解いただきたい)。

 私は他流試合を否定はしない。長期の合宿形式で、自社の経営課題を考察し、競争戦略を考え、戦略を実現する計画を真剣に考えるような、他社選抜参加者との交流を通じた研修、いや、研修というよりも深い考察と実践の“道場”は、誠にもって貴重である。

 ただし、すべての企業がこのような道場を全員に提供できるものではない。大切なことは研修という投資を考える場合、やはり企画をしっかりと行う必要があり、組織の制約から出てきた思いつきの対策を講ずるのは少し待ってほしいということだ。

 企画スタッフがいない、企画に時間を割けない、そもそも企画をやったことがない企業は、企画そのものをしっかりとやってくれる研修会社の門をたたくべきだ。他社との交流という公開講座のパンフレットに踊らされて他流試合に派遣してみよう、そうすれば将来を期待できる人財へといずれは成長するであろうとの思い込みは、結局は“まだまだ感覚”の報告書の山を築くだけだ。