チェリーシーズンも後半になって、パレッタイズのセクションに付きっきりでなくてもよくなってくると、私はクーラーやパレッタイズでの仕事の合間をぬっては、選別のセクションに顔を出し、作業に加わった。

一日中立ち仕事で、ひたすら傷んだチェリーを拾う作業がなんでそんなに楽しいのか、選別のおばちゃん達には理解できないようだった。
でも、隣で楽しそうに仕事をする仲間がいたら、なんとなく自分も楽しくなるはずだ。

理由やきっかけはなんであれ、自分が「こんなつまらない単純作業…」「立ちっぱなしでツラい」と悲観していた作業に、何かしら“楽しい要素”が含まれているのだと思えるだけで違う。
日が経つに連れ、明らかにおばちゃん達の表情は明るくなっていった。

選別のおばちゃん達とは、いつもいろんなお喋りをした。
パレッタイズのワーカーたちにしたのと同じように、「日本にはアメリカンチェリーがないから高級品なんだよ」とか「日本の大手のスーパーと取引が始まったから品質に気をつけてね」という話もしたが、元々がお喋り好きのラテン系のおばちゃん達の集まりだ。すぐに次々と話が盛り上がる。

「あそこのチェリー農家はいつも品質が悪いのよ。葉っぱや枝がいっぱい混じってて。かさをごまかしてるんだわ。」

「○○さんがチーフをやってた時は、もっと私たちを気遣ってくれて。
こんなおばちゃんの私たちのことを、いつも“お嬢ちゃんたち”って呼んでくれて。楽しかったんだけどねぇ」

そこにはちょっとしたワーカーの本音だったり、コミュニケーションや業務の改善になるヒントがちょこちょこ隠れていた。

私が日本人だと言いながら、ネイティブ並みにスペイン語を話すものだから、「日本もスペイン語なの?」と聞かれたこともある。
私を見て、“日本人”とはこういうものだと思われてしまったら、大変な誤解を招いてしまうと、やや責任を感じたこともあった。

工場で働くワーカーたちは、実は恋人同士や夫婦だったり、兄弟や親子だったりという人たちも多かったから、セクションが離れていても、私の噂はすぐに広まった。
パレッタイズやテープ貼りのセクションで私がどんな働きをしていたかも、選別のおばちゃんたちは知っていた。
意外とすんなり選別のセクションに入り込めたのは、その“前評判”のおかげだったかも知れない。