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一つの組織内で精神科医と産業医が連携 ワンストップの包括的な医療支援を 第1回(2回連載)

2015.08.04   六番町メンタルクリニック所長 野村総一郎 氏

野村総一郎 氏
六番町メンタルクリニック所長
野村総一郎 氏
1949年生まれ。1967年 慶應義塾大学医学部卒業。1975年 立川共済病院神経科。1977年 藤田保健衛生大学医学部精神医学教室講師。1985年テキサス大学ヒューストン校神経生物学教室留学。1986年メイヨ医科大学精神医学教室留学。1988年藤田保健衛生大学医学部精神医学教室助教授。1991年防衛医科大学校神経学教室教授。2012年防衛医科大学校病院長。2015年より現職
○六番町メンタルクリニック

 一般社団法人日本うつ病センター(JDC)は、薬物療法や心理療法など、患者に適した包括的な診療の提供を目指し、2015年5月、東京都千代田区において、六番町メンタルクリニックを開院した。同クリニックを中核として、心理療法を行うJDC精神療法センター、精神科産業医による企業向けコンサルテーションを手がけるJDC産業メンタルヘルスセンターを併設し、有機的な連携を図る。
 連載2回の第1回は、うつ病の増加している要因などについて、同クリニック所長の野村総一郎氏にお話を伺った。
(構成:21世紀医療フォーラム取材班 但本結子 文責:21世紀医療フォーラム事務局長 阪田英也)

啓発活動から、より積極的な支援へ
企業のメンタルヘルスをサポート

まず、六番町メンタルクリニック開院の経緯について、教えてください。

野村 今から30〜40年程前、うつ病におけるさまざまな概念が世界中に広まったことから、1976年にWHOがICPTD(International Committee of Prevention and Treatment of Depression:うつ病予防・治療啓発国際委員会)を発足させ、うつ病の啓発活動をスタートさせました。日本では、その2年後の1978年に、JCPTD(Japan Committee of Prevention and Treatment of Depression)日本委員会を設立。当時、日本でもうつ病は一般的な病気とは捉えられず、精神科医以外の医師にあまり知識がなかったため、啓発が必要と考えて、この任意団体を発足させたのです。以後、30余年にわたり市民公開講座や一般診療科医へのセミナーなどを実施し、啓発活動としては一定の成果を挙げることができたと思います。

JDC(一般社団法人日本うつ病センター)の活動

ただ、経済的な限界もありましたし、医療が必要とされる中で本当に啓発活動だけで良いのか、もっと積極的な支援ができないのかという思いが理事たちの間にも出てきました。これらを一気に解決する手段として、診療部門を持ち、それによってうつ病医療に寄与すると共に、資金が潤沢になるという期待感もあり、啓発活動もより強化できると考えたのです。

うつ病は、学校や家庭など、どこにでも起こり得る疾患であり、かつ子どもから高齢者まで幅広い世代で問題を抱えていました。最大の問題は、うつ病による自殺が増加してきたことです。中でも産業界で起きる自殺が問題視されていました。そこで、企業のメンタルヘルス支援に力を入れることを目指して法人化し、さらに、長くて覚えにくいJCPTDという名称を日本うつ病センター(JDC)と改めました。

年次別自殺者数の推移

知識、経験、データから
導き出される精神医療を構築

クリニックの所長就任は、野村先生ご自身が防衛医科大学教授をリタイアするタイミングでもあったのでしょうか。

野村 防衛医科大学教授をリタイアすることもありましたが、臨床家として復帰したいという思いがあったことも大きいですね。これまで、私は銀行や電気機器メーカー、自治体のほか、自衛隊という特殊な分野でのメンタルヘルスに関わってきました。その経験から感じるのは、現在の産業精神医学、産業精神保健の問題の背景にあるのは、特にうつ病をはじめとする精神医療が未熟であることです。例えば、診断法に関しても確実性に欠ける面があり、また、治療法についてもさまざまに行われていますが、今の医療界全体の流れであるエビデンスベーストメディシンに基づいた治療法が必ずしも成熟しているとは言えない側面があります。

しかし、今の時点ではある程度完成されたものを応用していくことから始めるしかありません。知識もさることながら、蓄積された経験を集め、よりきちんとした精神医療を構築しなければならない。私はこれまで、うつ病学会理事長、同学会のガイドライン委員長、教職を経験し、そこで得た知識を活かしても、なお未熟であると感じていました。特に、防衛医科大学での最後の3〜4年は、臨床現場を離れた病院全体のマネージメント業務であったため、精神医療へ費やすエネルギーが多いとは言えず、リタイアを期に精神医療に復帰したとも言えます。また、読売新聞で7年にわたり「人生案内」という人生相談に回答していることも、精神療法への大きなヒントをもらうことができました。