• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

モノと道具を再構築する

2016.11.07

「TENGA」を生んだ男、松本光一がその開発に至るまで

森辺 一樹

グローバル化時代の戦略と覚悟

イノベーション モチベーション 起業

企業が海外進出を検討するときに必要な「覚悟」とはどのようなものか? 様々な業界・業種の企業や人との対談を通じて、彼らのグローバル化時代の戦略と覚悟を聞く、シリーズ第3回。

今回から登場するのは、世界40カ国以上で販売されている「TENGA」の生みの親である、株式会社TENGAの代表取締役社長・松本光一さん。誰も踏み込まなかった領域を開拓したことで大ヒット商品を開発した松本さんに、「TENGA」の開発に至るまでの背景を伺った。

松本光一

松本光一さん

株式会社TENGA代表取締役社長。「世の中にない新しいものを作りたい」という思いから市場を調査し、「TENGA」の開発に着手した。自力で貯めた資金1000万円を元手に独自の商品開発を行い、2005年に「TENGA」スタンダード5種発売開始。シリーズ累計出荷数は初年度100万個、現在、全世界累計で5000万個を突破。

ものづくりの楽しさは極貧の自動車整備士時代に知った

森辺:今や国内では約1万店舗のドラッグストアで、海外では40カ国以上で販売しているTENGAですが、聞くところによると、松本社長は昭和っぽい苦労をたくさんしていますよね。

松本:20代の頃から12年くらい自動車の整備の仕事をやっていました。でもその頃はまともに食えなくて、家賃が払えなくなって車の中で寝泊まりしたり、車の部品工場で寝泊まりしたりしていたこともありました。

でも当時は、貧乏が辛いとは一度も思いませんでした。クラシックカーの整備をしていたのですが、それは既に生産が終了している珍しいクラシックカーを輸入して、お客さんの望む形に整備して納品する仕事で、一つひとつが世の中に一点しかないものなので、お客さんがすごく喜んでくれるんです。それが嬉しくて、貧乏でもやり甲斐のある仕事でした。今振り返ると、そのとき、ものづくりに対する喜びを知ったのだと思います。

森辺:整備というと普通は既に世の中にあるものを修理するというイメージですが、松本社長はそれを「ものを生み出す」仕事と捉えていたわけですね。

松本光一/森辺一樹

松本:そうですね。その体験が、世の中に無いものを生み出したいと考え開発したTENGAにつながっていると思います。

ただ、その頃勤めていた会社はあまり利益が出ていなかったんです。それで僕はある程度責任のある立場だったこともあって、毎月の給料という形では貰えず、本当に困ったときだけお小遣いのように少しだけお金をもらうという生活でした。電気は止まったし、家賃も半年くらい滞納していました。それでもぼくは「お客さんの喜ぶ顔と、いつかは報われるだろう」という思いで仕事に打ち込んでいたので、あまり気にならなかったんです。ぼくはのめり込むと夢中になってしまうタイプなので(笑)。

でもある日偶然、「あいつマジメだから、お金与えなくても仕事するんだよね」っていう会話をしていたことを知ってしまったんです。それをきっかけに、その会社は辞めました。

森辺:とんでもない目に遭ってますよね……。松本社長、人が良すぎます!

商品の発しているメッセージに耳を澄ます

松本:その後は、中古車セールスの仕事で生活を立て直しました。もともと整備をやっていたぼくは、車の状態はその会社の誰よりも詳しく分かる。だから、一人ひとりのお客さんに丁寧に車の説明をしました。それが信頼に繋がり、入社してから退社するまではずっとトップセールスでした。

松本光一

ちゃんと給料ももらえたので借金を返して徐々にまともな生活になっていったわけですが、前の職場にはあった、モノをかたちにして納めるという喜びがなかったんです。トップセールスマンとして生活が豊かになっていくにつれて、「やっぱり僕は、ものを作りたいんだなぁ」ということを実感しました。それで「じゃあ何を世の中に生み出したらいいのか」と考えて、毎日ホームセンターやら雑貨店など、いろんな店をのぞいて研究しました。「この商品は誰を幸せにしたくて作ってるんだろう」ということを考えながら見ていったんです。

そのときに感じたのが、「やっぱり日本のメーカーって素晴らしいな」ということです。製造している会社が明確で、ブランドがしっかりとしているんです。買った後もちゃんとアフターサービスがある。だからとても安心して買うことができます。僕、恥ずかしながら長いことお金がなくて、必要最低限以上の買い物ということをしてこなかったから、世の中の新しいものを知らなかったんです。だから、お店を回って研究するのが面白くてしかたがなかったんですね。

それで色々なものを見て回ったのですが、ある日入ったアダルトショップのアダルトグッズコーナーで突然、違和感を感じました。それまで見たいろんな商品には普通にあったバーコードがなかったり、価格や製造メーカーが不明確だったり、ホームページなどの記載もない。そういうところから感じる違和感です。パッケージで何を伝えたいのかも分からない。商品がとにかく不親切なんです。

森辺:なるほど。そこに並んでいる商品に違和感を持たれたんですね。

松本:そうですね。さらに、違和感の最大の原因は、棚に並んでいる商品が発している暗黙のメッセージであることに気が付きました。そのメッセージというのは、「マスターベーションは卑猥な行為なので、よりわいせつな気持ちで使ってください」というものです。

森辺一樹

森辺:マスターベーションが卑猥な行為であるとされていて、だからそのときに使用するアダルトグッズも「卑猥なもの」であるのがふさわしい、というメッセージですね。

松本:はい。僕の周りの男性は、10人いたら10人が普通にマスターベーションをしています。にもかかわらず、その店の棚ではその行為を「特殊で、卑猥なことだ」と言っているわけです。

人の根本的な欲求なのに、特殊で卑猥なものとして表現されている。これは明らかに間違っている、と思ったんです。

森辺:マスターベーションは誰もがやっている普通のことなのに、これはおかしい、と。

松本:はい。それに気づいたのは、お金のない時期を送った経験が生きていたかもしれません。人間って、生活がギリギリになると、遊びたいとか、ものを買いたいという欲求が満たされなくなりますよね。そうなるとその分、食べることや性的なことに対して欲求が強くなることを知っていたんです。そのときに「これは人のもともとの欲求だから、すごく重要なんだな」って思ったんですよ。

森辺:なるほど……。どん底の生活を送った経験があったからこそ、人間の根本的な欲求に気付かれたということですね。

小さく見える市場は、まだ誰も耕していないだけかもしれない

「TENGA」
「TENGA」

松本:それで「まだ世の中にはない、一般の製品としてのアダルトグッズを作ろう」と思ったんです。当時は具体的にそれが何かは分からないですよ。形も何もないんだから。ただ僕はそのとき、それを作って世界中に売り、イノベーションを起こそうと決めたんです。今話したことはアダルトグッズコーナーでの15分くらいの出来事でした。

森辺:そこにチャンスがある、と思ったんですね。

松本:いえ、「チャンスがある」と明確に思ったわけではありません。でも10人が10人みんなやっていることなんだから、「作り手の顔が見え、品質が保証された、ちゃんとしたものを作れば、その10人全員がお客さんになりうるな」とは思いました。まったく耕されてないだけであって、市場としては大きいんじゃないかと。

後日調べると、成人男性の95.4%は自慰行為をしていました。でも、その中でアダルトグッズを購入していたのは100人に1人の割合。それだけ聞くと普通は「市場規模が小さいな」と思ってやめてしまうと思うんですけど、そのときは「100分の99が空いている」と思ったんです。日本では、自動車も家電も食品も、もう地面を耕して、耕すところがないぐらいに耕しきっているのに、と。

森辺:確かにそうですね。

松本:アダルトグッズは間違った表現や実態と違う売り方をしていることで、卑猥なものの象徴になり、市場が100分の1になっているわけだから、まだほとんどが未開拓のマーケットだったんです。

森辺:従来のアダルトグッズの概念を覆したTENGA、まさにイノベーションと呼ぶにふさわしいプロダクトですね。松本社長、すいません。私は、貴社やTENGAを大きく誤解していた気がします。一般消費財としてのアダルトグッズの領域を生み出すというのは、大変な可能性を秘めていますよ。

(次回は、まだ形のないものをつくるときの極意について伺います)

併せて読みたい、編集部からのおすすめ記事
「富裕層」に逃げていないか

例えば消費財業界において、世界を牛耳る10大消費財メーカーには、残念ながら日本企業は1社も入っていない。ユニリーバやP&G、ネスレをはじめ、すべてが欧米系のメーカーだ。こうした先進グローバル企業は、一体どんな戦略と覚悟を持っているのだろうか。より具体的に見ていきたい。

プロフィール

森辺 一樹 (もりべ かずき)

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。10年で1000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』(中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』(白桃書房)などがある。