• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

人を組み替える

2016.06.03

「嫌い」という感情の扱い方

高石 宏輔

場の空気を変える「もの」コレクション

コミュニケーション 感情 意識改革

場の空気を変える「もの」コレクション
他人のことを嫌ってしまうことは、誰にでもあるものです。では、その嫌いになってしまった相手が、取引先などビジネスの上で「嫌いになるとまずい」相手であったら……? 今回は「嫌い」という感情をどう扱えば良いのか、考えてみます。

嫌いな人の「良いところ」を探そうとしない

他人を嫌いになったとしても、ある程度は我慢することができます。しかし、その感情が発生することを避けることはできません。嫌いなものがあることを落ち着いて自覚することは、今の等身大の自分自身を認めるという一つの形であり、素直なことだと僕は思います。

嫌いな人をどう扱うことができれば良いか。目指すのは、初めて出会ったような見方ができるようになることです。大切なのは、好きになろうとしたり、良いところを探そうとはしないことです。「こういう良いところもあるよね、だから受け入れなければ」では、嫌いなところから目を逸らし、無理して好きになろうとしてしまっています。

何もしていないのに嫌われるのは、なぜか

嫌われる立場にある人について考えてみます。人はなぜ人に嫌われるのか。何もしていないように思っていても、ほんの少しの目線の動き、ちょっとした言葉や動作で他人の中に嫌悪感を生じさせてしまうことがあります。体の距離が微妙に近いとか、話すときの手の動きが雑であるとか、相手が話し終わった後で間髪入れずにすぐ話すとか、いつもじっとりと相手の目を見るとか、反対に全く目を見ないとか。

そんな自分の行動によって嫌われたときには「何もしていないのに……」と思うかもしれません。しかし、その「何もしていない」と自らの行動を自覚していないところに嫌われる理由があるのです。

先の例のように、誰でも自覚のないうちにたくさんの動きをしています。目、指先、表情のちょっとした動き……それから姿勢もそうです。肩が上がっている、うつむきがちになっている、胸を張っているというのも、無自覚になってしまって定着した動きともいえます。また、声が大き過ぎたり、声が小さ過ぎたりするのも、人によっては嫌われる原因になるかもしれません。

「何もしていないのに嫌われる」と言う人に「じゃあ、いつもどうしているんですか?」と聞くと、「嫌われるのが怖くて黙っています」という答えが返ってくることがあります。それは反応をせずに黙っているから嫌われているのかもしれません。

人間は面倒な生き物です。ひとたび他人に認識されれば、他人からどう思われるかということから逃れられません。

人を嫌いになる時の「わかったような気持ち」

今度は嫌う立場側の人について考えてみます。わずかな動きや言葉から、嫌われることがあると書きました。嫌う人は、わずかな動きや言葉から連想するものがあるから、その人を嫌います。ある動き、姿勢、言葉、声から、特に嫌なものであればあるほど、様々なイメージを連想します。

粗雑な言動から、他人の気持ちを考えない人なのではないかと思うことがあれば、神経質そうな言動からは、面倒臭い人なのではないかと思うこともあります。また、そこから過去に出会った人を連想することもあります。この人も、あの人みたいな人なのではないかとか、酷いときは直接話してもいないのに、全く同じような人間に違いないと決めつけてしまうことさえあります。そうなると、もう自分の思い込みの世界に入り込んでしまい、目の前のその人を見ることができなくなっています。

そんなときには、自分が気になった相手の言動を、自分が思った通りのものなのかと落ち着いて観察します。つまり、なぜそんな言動をとるのか、と単純な疑いの中に留まってみます。

例えば、声が大き過ぎる相手に対して「無神経、周囲を観察する能力がない」と思って嫌ってしまった場合、「なぜこの人はこんなに大きな声を出す必要があるのか」という疑問に戻ります。自分自身が無意識に「無神経」と答えを出してしまっているから嫌いになっているのです。耳が悪いのかもしれませんし、周りを気にし過ぎるあまり、かえって自分をアピールしなければいけないと強迫的になっているのかもしれません。違和感のある動きには必ず理由があるものです。

目指すのは好きになることではなく、初めて出会ったような見方ができるようになることです。嫌いだと感じたときには、初めて出会ったもののはずなのに、既にわかっているような気持ちになってしまっているのです。

知らぬ間に嫌わなくなる瞬間はいつ訪れるか

乱暴な動作、過剰に派手な服や化粧、大きな声……僕の苦手なものです。それらに出会うと、気に入らないものに意識が集中して体が緊張し、呼吸も浅くなり、その人を嫌うためのいろいろな連想が自分の中に浮かび始めていることに気がつきます。

その自分勝手な連想を止めるために、今、目の前にいるその人に目を向けます。自分の連想ではなく、相手に注意を向けていると、他の部分にふと気がつくことがあります。目や表情から伝わる寂しそうな様子、怯えている様子だったり、体全体の緊張から出る必死さだったり……そういうものを見つけると、何か人間として嫌いにはなれなくなります。大きな声も、乱暴な動作も、派手な服装や化粧も、その人がその人自身を成立させるために身につけてきたものなのだろうと。そして同時に気がつきます。自分自身も嫌そうな顔をして相手を見て、緊張していることに。

そう思ってストンと自分の緊張が抜けると、相手の動きが落ち着いてくることがよくあります。見ている僕自身が落ち着くと、相手も安心してくれるのかもしれません。相手はこれまで、無意識の動作によって他の人にも避けられ、また避けられることによって、より必死になって大きな声や乱暴な動作を繰り返していたのかもしれません。

そんなとき、人に嫌われるような動作というのは、その人の無意識な、自分に気づいて欲しいという訴えであり、その訴えを引き出しているのは、その訴えに気づかない自分なのかもしれないと思います。それに気がつくと、目の前のその人に、改めて初めて出会ったような気がするのです。

とはいえ、嫌いなものがなくなるということは難しいようで、僕は今でも乱暴な動作や大きな声は好きではありません。ただ、嫌悪感に留まらず、それを静かな気持ちで観察する状態へ移行するのが早くなってきたように感じています。他人の挙動で、以前は嫌だと思っていたものでも、今はさして気にならないというものはないでしょうか。そういうものを思い出して自覚してみるだけで、自分自身のものの見方が変化してきたことを感じられると思います。

併せて読みたい、編集部からのおすすめ記事
体が変わる時を探しながら会話する

会話において、言葉の上では相手が同意しているようなことを言っていても、本当には同意していないことがあります。そうした状態では、相手に自発的な行動は望めません。相手が心から同意しているかどうかを知り、相手の本当の言葉を引き出すために使える技術とは。

プロフィール

高石 宏輔 (たかいし ひろすけ)

1980年生まれ。慶應義塾大学文学部仏文専攻中退。在学中よりカウンセリングのトレーニングを受け、セミナー講師を務める。スカウトマンを経てカウンセラーとして活動を開始。クライアントからの要望により、路上ナンパ講習も始める。著書に『あなたは、なぜ、つながれないのか──ラポールと身体知』(春秋社)、共著に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(中経出版)。